ルクセンブルク語の世界を切り拓き研究地図を描く

プロフィール

西出 佳代 さん(金沢大学 人間社会研究域 歴史言語文化学系 准教授)
北海道大学文学部卒業後、同大学大学院文学研究科に進学。言語文学専攻言語科学専修にて、ドイツ語ゲルマン語学、特にルクセンブルク語を研究。在学中、2009-2011年にルクセンブルク大学修士課程ルクセンブルク学講座に留学。2014年3月に博士(文学)を取得後、北海道大学専門研究員や複数の大学での非常勤講師、神戸大学国際コミュニケーションセンター専任講師を経て、金沢大学人間社会研究域歴史言語文化学系准教授。

北大文学研究科を選んだ理由

どの大学の院を選ぶかについては、実は迷いがありました。北海道という地域では、どうしても研究者の数が限られており、外の学会やちょっとした研究会に出て行こうにも飛行機に乗って泊まりがけで出かけていかなければならず、十分な刺激を得たり見識を広めたりすることが難しいのではないかと思ったからです。本州の大学の院に進学した先輩の元を訪問して話を聞いたりもしました。しかし、当時の指導教員の清水誠先生から学べることをまだ十分吸収できておらず、その時点では環境を変えることよりも北大で学ぶべきことを優先すべきだという結論に至り、北大大学院への進学を決めました。

大学院ではどんな研究を

卒業論文では、ルクセンブルク大公国の多言語状況を社会言語学的に分析し、それと並行して、ドイツ語の方言から同国の国語へと昇格を果たしたルクセンブルク語がどのような言語なのか勉強を進めていました。大学院入学後に、その勉強を活かし、社会言語学から記述言語学へと領域を移し、ルクセンブルク語という言語そのものの研究をスタートさせました。
在学中に、ロータリー財団の奨学金や北大文学研究科の「組織的な若手研究者等海外派遣プログラム」の助成を得て2年間留学、その後も北海道大学クラーク財団の助成を得て現地調査を行い、そのときのデータをもとに博士論文「ルクセンブルク語の音韻記述」を完成させました。

博士後期課程への進学理由

卒業論文の研究対象としてルクセンブルクを選んだ段階で、修士課程や博士後期課程への進学、そして研究者の道を目指すことを決めていました。ルクセンブルクという研究領域が、まだまだ開拓の余地があり、学部にいる間はもちろん大学院在学期間全てをかけてもやりたいことをやり尽くせないだろうと思ったからです。

大学院に進学してよかったですか

進学して良かったかどうかについては、簡単には答えられなさそうです。卒論執筆時に自分のテーマを決めてからは、大学院進学より他の選択肢は考えられなかったため、少なくとも後悔したことはありません。下の項目であげるような辛さや周りへの申し訳なさが大きかったため一概に言えませんが、純粋に研究のことだけ考えれば「この上なく良かった」と言えます。自分のやりたいことを追求できる環境に身を置けたことについては、本当に感謝しています。様々な助成金制度の支援を受けられたことについても、大変恵まれていたなと思います。

在学中大変だったことは

同年代の友人たちに比べ、社会的・経済的な自立が遅れ、両親にも心配や負担をかけ続けてしまったことが何より辛かったです。加えて、先の見えない不安に押しつぶされそうになることもしばしばでした。そんな中でも自分を保っていられたのは、やはり研究に対する熱意があったからだと思います。

修了後から現職への道のり

2017年3月 第13回文学部同窓会楡文賞 受賞記念講演 楡文賞は、社会的に高く評価される業績や活動を通じて 北海道大学文学部・文学研究科の名誉を高めた学生、卒修了生を顕彰

修了後、専門研究員として北海道大学に籍を置き、いくつかの大学でドイツ語非常勤講師の仕事をかけもちながら研究を進めました。一方で、JREC-IN などの研究者求人サイトを見ながら、大学の公募に応募し就職活動をしていました。
その間、北海道大学大学院文学研究科の「一般図書刊行助成」を受け、博士論文に加筆修正を加えた著書を楡文叢書として北海道大学出版会より出版させていただきました(『ルクセンブルク語の音韻記述』、出版されたのは神戸大学就職後)。
2015年10月に神戸大学国際コミュニケーションセンター専任講師として、2018年4月に金沢大学人間社会研究域歴史言語文化学系准教授として採用され、現在に至ります。

現在の仕事・研究内容

前任校では、主に学部1, 2年生の第二外国語としてのドイツ語の授業を担当したり、大学院では外国語教育に関する授業を担当したりしていました。金沢大学では、いわゆる文学部の独文科に相当するところに所属しており、第二外国語の授業も担当する他に、学部や大学院で専門教育としてのドイツ語学の授業も担当しています。より自分の専門を活かすことのできる場所へとキャリアを進めることができ、充実した毎日を送れています。
研究面では、博士課程で行なったルクセンブルク語の音韻記述に続き、今は同言語の動詞類の記述を行なっています。まだまだ先行研究が少ない言語ですので、まずは言語全体を概観できるような文法書の執筆を念頭に置いて記述を進めており、動詞類が一段落した後は名詞類の記述に取り掛かる予定です。一度、同言語の文法体系を把握した上で、個別現象の分析をさらに深めていけたらと考えています。

大学院で学んだことは今の仕事に役に立っていますか

博士課程では音韻記述を行い、現在は動詞記述を行っているため、研究領域や研究手法は大きく変わっています。しかしながら、私が今やっていること、そして今後やろうとしていることはほぼ全て、大学院で学び研究してきたことの延長線上にあります。
大学院在籍時に私が至った考え方は、一つの言語を研究しようとするとき、まずはその全体像を把握しておくべきだということです。全体像が見えないまま個別現象を扱うことは、地図を持たずに見知らぬ山に分け入って狩りをするようなものです。美味しそうな獲物(=面白い個別現象)を闇雲に追い求めてしまうと、どこで崖に落ちるとも危険な動物に出遭うともしれません。たとえ、先行研究の多い他の言語と比較してちょっと面白そうなことが言えたとしても、それが対象とする言語そのものの体系内部で整合性のとれた説明になっていなければ意味がありません。今は、ルクセンブルク語という山の中で道に迷わず安全に狩りができるよう、慎重に地図を書いているところです。

今後の目標と夢

そもそもルクセンブルク語そしてルクセンブルクという地域を研究対象としたきっかけは、ドイツとフランスの間、すなわちゲルマン語派とロマンス語派というヨーロッパの大きな言語グループの狭間に位置する言語がどのような特徴を持っているのか、そこに暮らす人々がどのような言語観を持ち、自分たちの言語を守り発展させてきたのかということに興味があったからです。言語学も人文学の中の一領域です。「言葉」という切り口から、それを用いる人々の理解へとつなげていけたらと考えています。

これから進学する皆さんへのメッセージ

このご時世では、単に勉強が好きな方、また真面目で責任感が強く繊細な方には、大学院特に博士後期課程進学はお勧めできません。生涯学習として、自分の好きなことを追求される方が良いのではないかと思います。自分の将来を楽観視できる楽天的な性格やバックグラウンドをお持ちの方、強靭な精神力もしくは鈍感力に自信のある方、研究者になる以外に選択肢がない方などについてはお引き止めしません。
北海道大学の大学院には、今も多くの助成制度があると思いますし、外部の助成制度にもどんどん応募すると良いと思います。科研費や学振の特別研究員応募のための説明会も充実しているかと思います。関東や関西圏に比べて地理的には不利ですが、様々な助成制度も利用しながら留学を含めて外に出ていき見聞を広めることを怠らず、自分の持てるものや環境を最大限に活用して、道を切り拓いていっていただければと思います。

(2018年8月取材)