大学院で学んだ研究の枠組みを新規医療開発に活かす

プロフィール

三浦 亜利紗 さん(北海道大学病院 医療・ヘルスサイエンス研究開発機構 勤務)
北海道札幌市出身。北海道立札幌南高等学校を卒業後、2007年に北海道大学文学部に入学。文学部卒業後、2011年に北海道大学文学研究科人間システム科学専攻行動システム科学専修*に入学。大学院では不確実性に関する研究を行う。2014年3月修了、同年5月より北海道大学病院 医療・ヘルスサイエンス研究開発機構に勤務、プロジェクトマネージャーという立場で研究者のサポートを担当。

*2019年4月の改組により、文学研究科は文学院に、人間システム科学専攻は人間科学専攻に、行動システム科学専修は行動科学研究室になりました。

北大文学研究科(行動システム科学研究室)を選んだ理由

高校の頃から具体的な目標が定まっていたわけではありませんでしたが、何となく人間が好きで、心理学に興味があり文学部を選択しました。心理学を学べる複数の研究室がありましたが、「実験をする」というアプローチに惹かれ、楽しそうだなと思い行動システム科学研究室を選びました。

実験の計画や実施は楽しかったです。ですがむしろ大学院時代を振り返ると、とにかく教員と先輩方の議論が難しくて圧倒されたことばかり覚えています。ある理論を前提とした場合に人はどう動くのか、社会はどう動くのか、どういった仮説が成り立つのか、といったことを延々と話し合うのです。修士課程という短い期間ではありましたが、在籍中に論理的な会話というのを初めて意識するとともに、リサーチクエスチョンを立て、因果関係を予測するということを身をもって学びました。

大学院ではどんな研究をしましたか

他者から裏切られるかもしれないという人間関係における不確実性と、ギャンブルで負けるかもしれない・くじに外れるかもしれないという物理的・自然的な不確実性とを比較することが研究テーマでした。

おみくじに当たったらいいなと思って外れても「あーあ、外れちゃった」くらいにしか思わないと思うのです。でも、この人なら大丈夫そうと信頼してみて、期待通りの振る舞いが返ってこなかったとき、「あーあ」では済まないのではないかというのが私の研究テーマの発端です。

信頼したのにそれを無下にされると、悲しくなったり悔しくなったり、腹が立ったり、とにかくくじに外れるより傷付くのではないかという推測を、どうやってデータで示せるのか。こうした漠然とした問いを、具体的な研究計画に落とし込み、個別に調査したり、信頼を裏切られた時の人の脳波を見たりしました。

大学院に行ってよかったですか

楽しかったので良かったです!

在学中、大変だったことは

先生方・先輩方の、自分の研究テーマへの熱心な姿勢が強烈で圧倒されました。先輩と教員陣がたくさん勉強し、たくさん実験アイディアを出し、いつまでも長い時間議論している姿から、みんな自分の研究テーマが大好きなのだというのが日々伝わってきました。

私は上の「大学院ではどんな研究をしましたか」の欄で自分の研究テーマをそれっぽく書きましたが、自分のテーマに貪欲になれたかというと自信がなく、先輩方の真似をしようとしては、「研究って楽しいな」と「研究って大変すぎるな」の間を行ったり来たりしておりました。ただ、研究者の探求心、熱意、体力といったものに憧れを持てたのは、この研究室に所属したからだと思います。

修了後から現在までの道のり

修士論文研究の実験で脳波を測定するために北大病院に出入りしている過程で、医学研究に接する機会を持ちました。また同時期に自身の持病のため治験に参加したことがきっかけで、医療の開発に興味を持ちました。

主治医から治験を通して医療の開発を行う組織があると紹介いただき、現在の職場を志望しました。最初は本当に右も左もわからず、簡単な会議記録をつくったり、患者さん向けの説明文書(治験について平易な言葉で説明した書類)をレビューしたりというところから始まりました。

現在のお仕事の内容

プロジェクトマネージャーという立場で、新しい医療を開発するための研究者のサポートをしています。

新しい医療や薬が人々に届くまでには長い時間がかかります。たくさんの基礎研究や動物実験のデータを集め、人に投与してその薬が安全で効果があることを確認した上で、そのデータを国に提出し、承認されて初めて一般の人たちが使える医療・薬となります。

このような開発の流れの中で、人に未承認の薬を投与して安全性・有効性を確認する試験(=治験)に携わるのが私の仕事です。治験を実施するには、「何人の患者さんに投与すれば、統計的に有効な薬であることを評価できるのか」、「その薬にはどんなリスクがあるのか」、「何か月患者さんを観察すれば安全な薬だとわかるのか」、「薬の調達や検査にはいくら費用がかかるのか」等、考えなければならないことがたくさんあります。そのため、あらゆる分野のプロフェッショナルが集まって、チーム戦で治験の一つ一つのステップをクリアしていきます。医師や統計家、データを管理する人、データの間違いや改ざんがないかをモニタリング・監査する人、製薬企業の人など各領域のメンバーで構成されるチームをまとめ、スケジュールや資金を管理したり、問題が起きたときに解決方法を考えたり、一日でも早く患者さんに薬を届けるために戦略を考えたりする調整役がプロジェクトマネージャーという仕事です。

職場の人と一緒にランチをすることも

大学院で学んだことは今のお仕事に役に立っていますか

何か問いがあって仮説を立て、それを検証するために実験デザインを組み立てて、データを集めて解析するという研究の全体的な流れは、大学院時代にやっていたことと、今の仕事で変わりありません。

文学部から病院という異分野への就職は自分にとってかなり高いハードルでしたが、研究という大きな骨格は同じだったので、理解しやすかったと思います。

一方で、今の職場に務めて10年になりますが、いまだに毎日が勉強です。医療は患者さんの命に関わることなので、薬の法律、医療機器の法律、再生医療の法律、薬を製造する際の法律、遺伝子の解析に関する法律…などルールが山のようにあり、自分が新しいプロジェクトに関わる度に必要な規制・新しいルールを勉強しています。

大学院にいたときも、自分の研究分野を理解するためには日々新しく出される論文を追いかける必要がありましたが、どこにいても最新の知識を身に着ける必要があるというのは同じだなと思いますし、そこに大きな抵抗を持たずにいられるのは、大学院時代の先輩方の「好きなものの吸収は苦にならない」といった姿勢を見ているからだと思います。

今後の目標・夢

プロジェクトマネージャーとしてのスキルをもっと高めたいです!

この仕事の楽しいところは、研究熱心な先生方と一緒に仕事ができることです。早く患者さんに新しい薬を届けたい、研究が楽しい、という前向きな気持ちで一生懸命な研究者をサポートしながら、チームメンバーと協力してプロジェクトを進めていく毎日は充実しています。ただ異分野出身の私には医学や薬学の知識が足りないので、力不足の面も多く、そういったところをカバーしていきたいなと思います。

後輩のみなさんへのメッセージ

進学先にせよ就職先にせよ、少しでも面白そうだと思ったらリスクやデメリットを深く考えずに進んでほしいと思います!

文学院って、理系の大学院に比べるとその後の進路に不安を感じるかもしれませんが、私のように楽しく生きている人もいますので安心してください。

私の場合、ものすごく研究がしたいとか、絶対に医療に関わりたいとか強い意志があったわけではありませんでした。でも今の職業についてみると、チームプレイだったり熱心な研究者のサポートだったり、患者さんに役立つ仕事だったりという側面が自分に合っているなと感じます。自分の今いる場所や興味から遠く無関係に見える場所であっても、入ってみると共通する部分があったりして視野も広がるし、楽しいですよ!

「大学院でやっていく自信がない」「文系出身で病院に就職するなんて怖い」というネガティブな気持ちで意思決定していたら、私は今の場所には決していなかったと思うので、後輩の皆さんには是非「やりたい」「面白そう」というポジティブな気持ちに正直に進んでいただきたいです。

(2024年10月取材)