恵まれた研究環境で培った協働力で拓く新たな倫理学の地平

プロフィール

小林 知恵 さん(広島大学人間社会科学研究科上廣応用倫理講座・助教)
お茶の水女子大学文教育学部卒業後、2012年に北海道大学大学院文学研究科修士課程に、2014年に博士後期課程に進学。当時の思想文化学専攻・哲学倫理学専修*にてメタ倫理学を研究。2021年12月に博士(文学)を取得。修了後、横浜国立大学先端科学高等研究院・特任助教を経て、2024年4月より現職。

*2019年4月の改組により、文学研究科は文学院に、思想文化学専攻は人文学専攻に統合、哲学倫理学専修は哲学倫理学研究室になりました。

北大文学研究科を選んだ理由

他大学の学部在籍中に、道徳や倫理について言語・認識・心理といった観点から哲学的に探究するメタ倫理学に関心をもちました。大学院ではメタ倫理学を専門とする教員の指導のもとで研究しようと進学先を探すなかで、指導教員となる藏田伸雄先生に出会いました。

藏田先生の存在と並んで、北大文学研究科ではメタ倫理学研究の土台となる様々な領域の授業が開講されていること、この分野の研究で論文を発表している先輩や修了生が複数人いることも、北大を進学先とした主な理由です。

また、大学院入試受験に先立って研究室を訪れ、所属学生から哲学倫理学専修についてお話をうかがいました。親身になって情報提供いただけたのは大変ありがたかったです。それだけでなく、学生たちが学年や専門の垣根を超えて和気藹々と議論したり談笑する様子を見て(たまたま卒業式当日で送別会をやっていました)、フィーリングがあったといいますか、ここでやっていけそうだという確信が得られ、大学院入試に向けて本格的に準備を始めました。

大学院ではどんな研究を

大学院ではメタ倫理学のなかでもイギリスの哲学者サイモン・ブラックバーンの準実在論を研究テーマに選びました。準実在論は、道徳や倫理に関する事実の存在を前提することなく、私たちの道徳的実践を正当化することができると考える立場です。私の研究では、一見ちぐはぐに思われる準実在論の主張についてどのようにして整合性を確保できるのか、そして準実在論がどのような実践的含意を持つのかということを問題にしました。

博士後期課程への進学理由

修士論文の内容から更に発展的な研究をやりたかったというのが大きいです。修士課程在籍中はメタ倫理学研究の基礎となる幅広い分野の勉強に多くの時間を割いたため、当初修士論文としてまとめるつもりだったプロジェクトを完成させるには時間が足りず、博士課程に持ち越しとなりました。

修士課程在籍中に応用倫理研究教育センター(現応用倫理・応用哲学研究教育センター)主催の国際会議にスタッフ参加したり、学外からスピーカーを招いた研究会等に参加するなかで、自分も専門性を高めてこうした水準の研究をやりたいと思ったのも進学の理由です。

大学院に進学してよかったですか

学部在籍中に関心をもったテーマについて、関心の近い教員や学生がいる環境で、授業だけでなく自主ゼミで基礎固めをしたり、研究のアイディアや論文草稿に対して随時フィードバックを受けながら研究ができたという点で非常によかったです。

上記の国際会議や研究集会のような場で、最先端の研究を知り、自分の研究テーマを拡張・発展させる機会が至るところにあったというのも、研究を意味あるかたちで続ける上で大きな助けになりました。

海外に目を向けるようになったのも文学研究科の環境あってこそだと思います。様々な助成を受けて交換留学や在外調査で渡航する先輩も多くおられ、それが後押しとなって私も大学院生を対象としたオックスフォード上廣セント・クロス奨学金派遣制度による研究留学プログラムに参加しました。

在学中大変だったことは

博士後期課程に進学してからの数年間は、フルタイムで事務職をしながら社会人院生として仕事と研究の二足の草鞋を履いていました。限られた時間のなかで研究のペースを作り進捗管理をするのが大変でした。

研究のペース作りに苦戦したり、関心が発散して研究がまとまらずにいる時は、指導教員に遠隔で面談指導をしていただき、軌道修正することができました

修了後から現職への道のり

修了直後の2022年に横浜国立大学先端科学高等研究院に特任教員(助教)として着任。2024年3月に任期を終え、同年4月に広島大学人間社会科学研究科上廣応用倫理講座に寄附講座助教として着任しました。

現在の仕事・研究内容

現代の科学・医学・工学の進展に伴って発生する倫理的課題やガバナンスに関する研究にチームで取り組んでいます。研究を倫理学の専門家に閉じず、先端技術の研究・開発に携わる方々とも定期的にワークショップを開いて議論を深め、一緒に手を動かして共著論文を執筆しています。

研究チームのワークショップのようす

大学院で学んだことは今の仕事に役に立っていますか

現職では倫理学の研究に従事しているので、日々大学院での学びを生かして仕事をしています

大学院在籍中はメタ倫理学を主な研究テーマにしていましたが、応用倫理研究教育センターが提供する応用倫理研究教育プログラムを履修したり、研究科内外の応用倫理学をテーマとした研究集会にも積極的に参加するようにしていました。そのなかで応用分野の多様なトピックに触れたことが修了後の研究の発展や現在の仕事につながっています。

今後の目標と夢

メタ/応用問わず倫理学の原著論文を継続的に発表して、知の創出に貢献したいです

近年、倫理学が取り組んできた課題の一部が先端科学技術のELSI(倫理的・法的・社会的課題)に包摂されることが増え、多分野の研究者や多様なセクターとの協働が当たり前になりつつあります。必ずしもその方法論や評価方法が確立されていない中で、様々な人が手探りで取り組んでいる状況です。倫理学の専門性を活かしつつ、その一方で従来の倫理学のアプローチに固執しすぎずに、新たな研究や社会貢献の道を開拓するのに貢献できればと思います

これから進学する皆さんへのメッセージ

大学院というと専門分野の研究を深めることに専心するイメージですが、興味の赴くままに履修した他学部や附置センターの授業が後々生きてくるということがあります。大学院というと専門分野の研究を深めることに専心するイメージですが、総合大学の強みを活かしてぜひ積極的に専修の外(何なら北大の外)にも足を踏み出してみてください

(2024年8月取材)