プロフィール
下畑 湧太郎 さん(岐阜県立高等学校(国語科担当)勤務)
岐阜県中津川市出身。岐阜県立恵那高等学校卒業後、2016年4月に北大文学部に入学。文学部では言語・文学コース/中国文化論講座*に進み、中国文学・中国哲学を中心に、広く中国について学ぶ。2020年3月に卒業。4月より地元岐阜県の高校教員として働き始める。転勤を経て、現在は母校で勤務している。
*2019年4月の改組により、中国文化論講座は、中国文化論研究室となりました。
北大文学部を選んだ理由
高校在学中は勉強とサッカー部の活動で手一杯でした。特に趣味と呼べるようなものもなく、似たようなことを繰り返す日々に漠然とした焦りを感じていました。そんな日々の閉塞感からなのか、自分で自由に決めることができる生活に憧れを抱いていました。近隣の愛知県や関東の都市部の大学に進んでいく同級生が多い中、思い切って外に飛び出したいという感情は強かったです。当時の第一志望は京都の大学でしたが、偏差値的にも厳しく、また、特にこれといって進学してからやりたいことがあるわけでもない状況でした。高校の恩師に相談したところ、「まずは第一志望にチャレンジしろ。やりたいことが決まっとらんのやったら、進学してから専攻を選べるところを探したらええやろ」とアドバイスいただき、北大が候補にヒットしました。前期はあえなく不合格で、卒業式が終わってからも、高校に足を運び面倒をみてもらいました。後期の受験まで足を運んだことのなかった北大のキャンパスでしたが、受験前日の下見で、3月なのにまだ雪が残っていたことが印象的でした。ありがたいことに北大から合格をいただき、3月末に大慌てで引っ越しをしたことを覚えています。
第二外国語の選択は、「在学中、ヨーロッパ旅行に行った時に役立つだろう」ぐらいのつもりでスペイン語・フランス語・ドイツ語のような順番で提出したような覚えがありますが、蓋を開けてみれば中国語でした。最初は何の気なしに受講していましたが、当時は中国からの旅行者もキャンパス内や市街地で多く見られ、その人たちの会話の内容が少しでも聞き取れるようになり、学んでいて楽しいと思えるようになりました。
研究室選択の際には、学部内の大半の研究室を見学しました。『西遊記』も『三国志』もきちんと通読したことのなかった私でしたが、漠然とした中国という国と中国語への興味と、研究室の説明をしてくださった教授陣の雰囲気で、直感的に「ここだったら面白いことができそうだな」と思い、中国文化論研究室に決めました。特にやりたいと思った物事が最初からあったわけではありませんが、面白いと思うことができるところなら後悔はないだろうと思い、決断しました。
文学部ではどんな研究を
武田雅哉先生を指導教員として、中国文化について学びました。武田先生は中国と名のつくものは(つかないものでも)なんでもやられる仙人のような方でした。ゼミでは学生同士で議論ができるような題材を取り扱ってくださり、頓珍漢な私たちの議論を眺められていました。初学者を対象とした基礎ゼミの授業では、『西儒耳目資』や『呉友如画宝』を、ウンウン言いながら読んだことを覚えています。もっと予習に時間をかけるべきだったと大反省しております。中国語で書かれた辞書の内容を理解するために、中日辞典を調べたり、留学生の諸先輩方に質問したり、やたらと時間のかかることを黙々としていた時期でしたが、その地道な作業の蓄積が、次第に楽しくなっていったことを覚えています。きっとそういうことが性に合っていたのだと思います。
毎週ゼミ後に開催される飲み会では、最近の中国事情や、留学生の方々が日本で生活していて驚いたこと、日中言語交換などが行われ、これまた充実した場でした。武田先生も「これは読みましたか?」「あれは見ましたか?」と言って、未知の世界を教えてくださいました。特に印象深いのは、武田先生からお借りした『ウルトラQ』を見たことです。特撮技術の素晴らしさと、現代を皮肉るようなストーリーに魅了されました。見た回についてコメントすると、まさにタケダアワーの時代に幼少期を過ごされた先生の貴重なお話が聴けました。授業のための資料を借りるために先生のお宅にお邪魔したこともありましたが、武田先生の蔵書量には圧倒されました。所狭しと並ぶ本やレコード、連環画の山。「お茶でも飲みますか?」と中国茶をいただき、淮劇(中国の地方劇の一つ)のレコードを聴かせていただいたりもしました。
卒論では、文化大革命期に制作された「海港」という革命現代京劇の改編について、同時期に制作された他の革命現代京劇の特徴を踏まえながら分析しました。文革期のプロパガンダに興味を持ったのは、研究室に散りばめられたプロパガンダ関連の書籍のキャッチーな表紙による刷り込みと『沙家浜』を題材としたゼミのおかげでした。本来の作品が政治思想によってどのように改変されていったのか、そのプロセスを見ていく中で考えさせられることは多かったです。情報収集に際しては、多くの中国語の文献にあたることになりましたが、特に苦に思うこともなく読めるようになっていたことを思うと、ゼミで知らぬ間に鍛えられていたのだと思います。
北大文学部に行ってよかったですか
間違いなくよかったと思っています。在学中は本当に周りの人に恵まれたと思っています。周りに何かしら面白いことをテーマに持っていて、それを純粋に楽しんでいる人がいるという事実が、自分を励ましてくれました。無趣味だった高校時代を思えば、大学での4年間を経て、多くの人にいろんな物事の見方のヒントをもらったと思っています。社会人になってからも仲良くしている友人は大半が大学時代に知り合った人で、そんな彼らが卒業後に為していることのスケールの大きさには圧倒されるばかりです。自分は大した人間ではないと思いますが、それでも思いもよらぬ点と点がつながって心が躍ることはたくさんあるので、それを楽しみながら日々過ごしています。
在学中、大変だったことは
ゼミに所属する日本人よりも中国人留学生の方が圧倒的に多く、研究室の公用語が実質中国語になっていたことです。ゼミに所属した直後はあまりのギャップに打ちのめされましたが、毎週のゼミの終わりにある飲み会で、先生や先輩方とコミュニケーションをとりながら、少しずつその文化に染まっていくことができました。2年生の春休みには北京への短期留学を経験し、そのおかげで中国語を聴く耳と、社会人になってからも仲良くしている貴重な友人ができました。今でもよく岐阜に遊びにきてくれます。
卒業後から現在までの道のり
学部4年の5月に教育実習、夏に採用試験を経て、2020年の4月から地元の岐阜に戻り、高校教員をしています。文革期のプロパガンダについての知識が役立ったことは今のところありませんが、ゼミで培った学問に向かう姿勢は、どこにでも通じると思い、それを少しでも生徒たちに伝えられたらと、日々奮闘しています。国語の授業の中でも、生徒たちが中心となって議論ができるテーマを設定することの難しさを感じています。
現在のお仕事の内容
国語科なので、現代文・古文・漢文の全ての授業を担当しています。漢文に強そうに思われることも多いですが、「漢文を読むことを教える」となると別問題で、いまだに試行錯誤しています。それでも、大学での蓄積が役に立つ時もあります。漢文の定番教材に史記の「四面楚歌」がありますが、それを読む際に京劇の「覇王別姫」を紹介しています。虞美人の剣舞のシーンでは自然と歓声が上がり、そんな生徒たちを見ていると、「自分が高校時代にもう少し中国文化に触れていたらまた違った世界に興味を持っていたかもしれないな」と思わされます。授業だけでなく、補習や部活動、その他の分掌業務にも追われています。現在は3年生の担当なので、進路相談を受けることも多いです。
大学で学んだことは今のお仕事に役に立っていますか
原典とじっくり向き合うことの重要性は、授業づくりにおいても役に立っています。国語の場合、授業作りのために本文だけでなく資料を複数読むことがあります。学術論文にあたることもしばしばありますが、そればかりにとらわれていると、自分で原典を読むことをおろそかにしてしまいがちです。そんな時には、原典と時間をかけて向き合っていた過去の自分に立ち返るようにしています。授業以外の業務に託けて、授業研究がおろそかになりがちですが、綿密な本文の分析がないと授業は面白いものになっていきません。自戒の念を込めて、ここに書き記すことにします。
今後の目標・夢
幅広く雑多な物事に興味を持って面白がる人を育てていきたいと思っています。ゼミ所属中に鍛えられた、何事も面白がるということを、多くの人に実感してもらえたらと思います。人文知が軽視されることの多い世の中ですが、それでも、人文知があるからこそ、日々の豊かさを実感できると信じています。学校での学びは、時として窮屈に感じることもあるかもしれませんが、その窮屈さは、ちょっとした視点の切り替えから一気にひらけていくのではないかと思います。僕はそういう場を授業内容に関わる雑談として設けるようにしていますが、ありがたいことに楽しそうに聴いてくれている生徒もいます。必ずしも全員の心に響く必要はないと思っていますが、ちょっとでも面白いと思ってくれる生徒の心に残ってくれればと思います。
後輩のみなさんへのメッセージ
スティーブ・ジョブズの「点と点を繋げる」話は有名かと思いますが、在学中に自ら進んで動けば、将来、予期しなかったところで、思わぬ点と点が繋がることがあると思います。先を見据えて点と点を繋ごうとする必要はないと思います。あれをやらなきゃ、これをしなきゃと何かに囚われるのではなく、純粋にやってみたいと思うことにチャレンジしてみてください。そうやってチャレンジして何かを突き詰めていくことを楽しめる人が、文学部に向いている人なのかもしれません。在学中に迷うことがあった時には中央ローンや大学の農場あたりを散歩してぼんやりとしましょう。広大なキャンパスの緑は他の大学にはない最高な魅力だと思います。ぜひ、皆さんにも味わっていただきたいです。
(2024年8月取材)