【プラスミュージアムプログラム】109日公開授業「文化遺産マップを活用した文化遺産レスキュー活動」開催報告

文化遺産マップを活用した文化遺産レスキュー活動

開催日時:10月9日(日)13時〜15時
開催場所:北海道大学 人文・社会科学総合教育研究棟W202教室 ※オンライン配信併用
講師: 蝦名 裕一(東北大学災害科学国際研究所准教授)

本レクチャーでは、東北大学災害科学国際研究所准教授の蝦名裕一氏をお迎えして、地域に散在するさまざまな資料を災害から守るためにわたしたちには何が出来るのか、そして何をするべきなのかという点について、お話をうかがいました。

蝦名氏がレクチャーの中で繰り返し強調されていたのは、災害時には、迅速なレスキュー活動が出来るかどうかが鍵になってくるという点でした。被災直後には、どうしても、人命救助や復旧作業が大切になってきます。ただ、この時期に何もせずに手をこまねいていると、家屋の解体とともに文化財がゴミとして捨てられてしまったり、汚損した資料の劣化が進んでしまったりして、手遅れになりかねないとのことでした。

蝦名氏がこのように警鐘をならすのは、氏自身が経験した過去の災害に基づいてのことです。たとえば、2003年7月の宮城県北部地震では、県内の歴史関係者による資料の所在調査やレスキューが行われたといいます。けれども、調査が長引くなかで、残念ながら散逸・消滅してしまった資料も少なくなかったそうです。自身も参加していたこうした活動から、蝦名氏は、災害前から動かなければ資料を守ることとはできないと痛感したとのことでした。2011年3月11日には東日本大震災に見舞われました。この時は、東北大学内にあった宮城歴史資料保全ネットワークの事務局も被災し、混乱した中から活動をスタートさせざるを得なかったといいます。電源が生きていた学内の資料室に仮設事務局を設置し、関係各所との協議や情報の収集を行いながら、3月15日には早くもメールニュースにて被災状況を全国に向けて発信したそうです。混乱する現場で対応にあたった当時の関係者の努力に、頭が下がる思いがいたします。

ところで、こうした事例を紹介しながら蝦名氏は、資料を守るためのポイントについて、次のように提言していました。まず、被災地「内」でやるべき事と被災地「外」でも出来ることとの分業体制の確立が欠かせないということです。被災した地域では、人命救助や避難所対応が優先されるなかで、拠点の形成や人員の確保などにあたらなくてはなりません。場合によっては、自分たちの生活復旧もままならないかもしれません。他方、被災地以外にいる関係者も、すぐにレスキュー活動に駆けつけるというわけにはいきません。そこで分業が重要になってきます。たとえば情報の整理、被災状況の推定、資料レスキューのロジスティクスや支援体制の構築といったことは、被災地外からでも可能だといいます。被災地の外にいる関係者は、被災地側の受け入れ体制が整うことを受動的に待っているだけでは、不十分です。そうではなくて、被災地の関係者が専念するべきことに専念できるよう、被災地外で出来ることを積極的に行うことが肝要だと蝦名氏は指摘します。氏がいうように、「タイムラグが資料救済の明暗を分ける」という状況下では、こうした分業が結果的により多くの資料を救い出すことに直結していくに違いありません。

また、被災資料の救出にあたってもうひとつポイントになるのは、さまざまな人の力であると蝦名氏は説いていました。たとえば、被災資料の搬出やクリーニングには、多くの市民・学生ボランティアが必要です。また、被災地域以外の場所にいる専門家や関係機関との連携も欠かせません。蝦名氏がいうように、文化遺産を守るのは特定の「誰か」ではなく「人と人とのつながり」なのだということは、ミュージアム関係者の一人一人が肝に銘じておくべきだと感じます。

蝦名氏が提唱し推進している文化遺産マップを活用した文化遺産レスキュー活動は、こうした分業や広域ネットワークといった考え方に基づく新しい手法です。Googleマイマップや無料でダウンロードできるGoogle Earth Proを活用したシンプルな仕組みですが、多くの人が簡単に参画できることが、この場合には重要なのだそうです。マップ上に文化財の位置情報を配置し、そこにリアルタイムの災害情報を重ねあわせることで、文化財の被災状況を推定していくことが可能になります。これは、台風や地震等ですでに活用されはじめており、具体的な成果もあげつつあるとのことでした。レクチャーの後半では、こうした文化遺産マップの作り方について、デモンストレーションを交えながら実践的に教えていただきました。

資料レスキューの現場では、高価な専門機器でなくても、たとえば100円ショップで購入できるホワイトボードやマグネット、手ごろな高温スチーマーなどが活躍することがあるそうです。GoogleマップやGoogle Earth、さらにはZoomによるオンラインミーティングなどが身近なものになってきた昨今、こうした技術を積極的に活用しない手はありません。資料の保存は受動的で静的な仕事なのではなく、むしろ、人と人とのネットワークと、活用できるものをどんどん活用していくというフットワークとがものを言う、アクティブな営みなのだと再認識する機会となりました。

今村 信隆(北海道大学文学研究院准教授)