理想の翻訳とは何か?大学院の学びで指針を見つける

プロフィール

一橋 瑞葉 さん(WIPジャパン株式会社 勤務)
札幌市の出身。札幌北高校を卒業後、2010年北海道大学文学部入学。2014年、北海道大学文学研究科言語文学専攻西洋文学専修*に入学。学部では主に20世紀以降の英米文学を学び、大学院では映像(字幕)を中心に、文芸を含む英日翻訳を研究。2016年3月修了、同年4月よりWIPジャパン株式会社に勤務。

*2019年4月の改組により、文学研究科は文学院に、言語文学専攻は人文学専攻に統合、西洋文学専修は欧米文学研究室になりました。

北大文学研究科(言語文学専攻)を選んだ理由

同じ研究室の先輩が文芸翻訳の研究をされていたので、学部時代からその方の翻訳ゼミに参加していたことと、瀬名波先生には学部時代からお世話になっていますので、私が自由にやりたい研究ができるよう支援していただけるのがわかっていたからです。

大学院ではどんな研究を

ある特定の文化にしか存在しない概念や、その語やフレーズが真に伝えたいことを理解するためには、その言語が話されている文化に関する知識を要するなど、容易に他の言語に置き換えることの出来ない言葉のことを「異文化要素」といいます。それを英語映画の日本語字幕ではどのような手法を用いて翻訳しているのか、という研究をしていました。

この「異文化要素」は小説や一般文書でも翻訳するのが難しいのですが、訳文の字数制限がある字幕では更に翻訳するのが難しく、ひとつひとつの字幕をじっくり分析してみると、いろいろと工夫をしながら翻訳されているのがわかります。また、「異文化要素」は文化に密接に関係しているので、原文言語の文化が、訳文言語の文化においてどの程度受容されているのかによっても使用する翻訳手法が変わります。そのため、時代の変遷と共に、より原文の言語に近い形(英単語をそのままカタカナで表記したり)で訳されることが増えてくるということがわかり、その変化に合わせて古い映画の字幕を翻訳し直す、というのを修士論文研究にしました。

大学院に行ってよかったですか

中学生の頃から漠然と、将来は翻訳の仕事がしたいと思っていたのですが、大学院で翻訳の研究をするうちに、自分が目指す理想の翻訳とは何かという指針を持つことができたので、大学院に行ってよかったと思います。

在学中、大変だったことは

翻訳研究自体が学問として確立してから日が浅く、その中でも映像翻訳の研究となると30年ぐらいの歴史しかないため、参考に出来る先行研究の数が非常に少なかったことです。もちろん、研究の歴史が浅い分、新しい発見が出来るという面白さはありましたが、本当にこの研究方針でよいのだろうかという不安がありました。

修了後→現在までの道のり

現在の会社に就職したきっかけは、大学院在学中にアルバイトをしていた翻訳会社からの紹介があったからです。大学院修了後は翻訳業界に入りたいという話をしていたところ、こんな会社があるよといくつか教えていただいたうち、一番職場の雰囲気が自分に合っているなと感じたのが今の会社だったので選考に応募しました。大学院修了と同時に現在の会社に就職しました。

現在のお仕事の内容

現在は翻訳コーディネーターの仕事をしています。
自分が実際に翻訳をする訳ではなく、お客様のご希望を基に、翻訳者の選定や予算・スケジュールの管理、訳文納品前の最終チェックなど、翻訳プロジェクトの全体を管理する仕事です。

大学院で学んだことは今のお仕事に役に立っていますか

どの翻訳手法を選択するか決める際に大事なのは、できるだけ多くの人に理解をしてもらうにはどう訳すのがいいか、という観点です。各人の文化的背景や知識量は様々なので、絶対の正解というものは存在しません。独りよがりな視点を避けて訳文を客観視するという大学院で学んだことを、仕事でも心がけるようにしているので、大いに役立っていると思います。

今後の目標・夢

原文の言語を話す人と、訳文の言語を話す人が、同質の理解を得ることができる翻訳を目指す、というのが一生の目標です。

後輩のみなさんへのメッセージ

学部とは違い、大学院では自分の研究を進めるのが主になります。そのため、自分がその研究を楽しみながらできるかどうか、というのは大事なポイントだと私は思っています。
その逆もしかりで、「これについて知ったり、学んだり、考えたりするのが楽しい!」と思うことがあるのであれば、是非大学院に進学することをおすすめします
また、翻訳の仕事をしたいと考えている人がいましたら、翻訳について勉強するのも勿論良いですが、いろんなものに幅広く興味をもって学ぶというのも良いのではないかな、と思います。というのも、この仕事をしていると様々なジャンルの文書(機械、医療、法律、IT、etc.)を取り扱うので、今まで自分が触れてこなかった分野の知識が求められることがあるからです。必要に応じて調べたりはしますが、学生のうちにもっといろんなことについて広く知識を得ておけばよかったな、と思っています。

(2019年7月取材)