【プラスミュージアムプログラム】1211日公開シンポジウム「評価の呪縛からの脱出」開催報告

評価の呪縛からの脱出

開催日時:12月11日(日) 13時00分~16時45分
開催場所:北海道大学 人文・社会科学総合教育研究棟W408教室 ※オンライン配信併用
パネリスト:
 源 由理子(明治大学 教授)
 佐久間 大輔(大阪市立自然史博物館 学芸課長)
 林 勇貴(大分大学 准教授)
コーディネーター:
 佐々木 亨(北海道大学 文学研究院 教授)
 卓 彦伶(北海道大学 文学研究院 特任准教授)

<ミュージアムをめぐるアナリシス>の第4部「評価の呪縛からの脱出」では、大阪市立自然史博物館学芸課長で、菌類や里山に関する研究などが専門の佐久間大輔さん、評価学が専門の明治大学教授 源由理子さん、経済学の中の財政学が専門の大分大学准教授 林勇貴さんを講師にお招きしました。

ミュージアムの評価では、使命や中期計画に紐付いた評価指標(主にアウトプット指標)を網羅的に設定し、その数値を調査し、目標到達度で判定していく「業績測定型評価」が主流です。しかし一方で、「評価学」の世界では、さまざまな目的にあった評価手法が運用されています。「経済学」においても、市場を通らない価値を貨幣換算する手法が使われています。ミュージアム評価を別の学問分野からみると、どんな地平が見えてくるのかを中心に議論しました。

まず、コーディネーターの佐々木からこの回の目的と位置付けを説明しました。特に強調したかった点は、前回11/12の「財政をとりまくブラックボックス」と今回の「評価の呪縛からの脱出」は、表裏一体の関係にあり、ともにミュージアムの価値をだれが、どう決めていくのかという根っこの部分は共通しているということです。

最初の報告者である佐久間氏は、ミュージアム価値の「表現手段としての評価」と題して、ミュージアムは評価に「さらされる」存在ではないという主張を、これまでの自館での評価実践から報告しました。公立ミュージアムは行政が設置し、その指示に従って運営するだけの機関でしょうかという問いかけから始まりました。コレクションの価値を見極め、来館者と対話をし、それらを通して地域の価値について深く知ることができるミュージアム・スタッフは、ミュージアムの価値とそれを高める手法についても無視できない知見を持っています。このためにミュージアムの使命、将来の方向性の策定には現場を中心とした議論が重要となります。ミュージアムがよりよく運営されているかどうか評価するためには、何がよりよい方向なのかを定めなければなりません。

併せて、これまで実践した評価手法を紹介するなかで、近年同館において、研究レベルで源さんが中心になって実施したセオリー評価(ロジックモデル)、同じく林さんが調査設計して、ミュージアムに来ていない人を含めた人びとにとって、活動やサービスがどういう価値を持っているかを測る外部便益測定調査を紹介しました。

次の報告者である源氏は、東京からzoomでの参加となりました。「ミュージアムを含む公立文化施設における評価の社会的役割」と題した報告では、結果や成果をみる評価ではない評価の重要性を説明しました。そもそも「評価」とは、やっていることの価値を引き出すことであり、けっして指標の測定とイコールではないこと。そのため施設ごとのミッションの検討にもつながるものであり、設置者・地域の人びと・現場の実践家が、それぞれの視点から「公共的価値」を協創するという仕掛けが必要であることを強調しました。併せて、価値を引き出すための評価のアプローチとして、結果や成果を見るだけでは不十分で、文化施設のミッションの妥当性(ニーズ評価)、それを達成するためのデザインの妥当性(セオリー評価)、実施過程の妥当性(プロセス評価)といった視点からの検討(=形成的評価)も欠かせないとしました。

しかし、ミュージアム評価は、現状ではアカウンタビリティ(説明責任)の側面が強く、統制・管理のための評価が多く、現場のモチベーションをそぐ、あるいは評価のための評価になっていないかと指摘しました。特に、社会共生の時代においては、ミュージアム運営側だけではなく、ボランティア・利用者・利用していない市民も含めて、ボトムアップによる評価が必要であること。また評価では関係者におけるリフレクション(省察)が生じないと意味がないことも強調しました。

最後の林氏の「経済学から見た公共文化施設の評価」と題した報告では、近年の財政状況の悪化によってミュージアムをはじめとした公共文化施設のあり方が議論になっているという前提を説明した上で、政策を科学的根拠、つまりエビデンスに基づいて行うというEBPM(Evidence Based Policy Making)の必要性が主張され始めたと説明しました。便益と費用を比較することによって、公共施設の運営経費の正当性を判断するのもEBPMのひとつです。ミュージアムのような公共文化施設は利用者に対する直接便益(入館料を支払い、展示を観覧する便益など)に加えて、地域のイメージアップや文化的環境の向上などの社会全体に影響を与える社会的価値(経済学では正の外部性と呼ぶ)を与える準公共財に位置づけられます。このことは供給や費用負担において、自治体が関与する必要性を示唆しますが、直ちに公的供給や公的支援を正当化するものではないです。つまり、自治体が施設に関わる政策のあり方を判断するには、施設から発生する多様な便益を適正に評価し、費用と比較することが求められます。ところが、多様な便益の評価が困難であり、直接便益に対しては多くが料金収入や入館者数によって評価がなされていますが、社会的価値に対しては評価自体がなされていないのが現状です。

この報告では、社会的価値に関する便益を計測する方法として、仮想評価法を用いて、消費者がサービスを購入するために支払っても良いと考える金額を示す「支払い意思額」(WTP)を、大阪市立自然史博物館を事例として測定した結果を報告しました。

後半のパネル・ディスカッションは、佐々木の司会進行で、本プログラム卓彦伶特任准教授によるフロアやzoomからのコメント・質問の紹介を並行しながら進みました。

はじめに、3名の報告内容について、専門的な用語に関する質問や実際に導入した評価手法の詳細に関する確認などが、参加者から数多く寄せられました。その後、大阪市立自然史博物館において研究の一環でセオリー評価と外部便益測定調査を導入したことで、博物館において、また経営者である地方独立行政法人大阪市博物館機構、設置者である大阪市において、どんな変化が想定され、それによってどんなミュージアム経営のフェーズに踏み込むことができるのかなどを3名の登壇者間でディスカッションしました。

報告者 佐々木亨(文学研究院 教授)