大学院での体験はプライスレス!仕事で恩師の著書を紹介するよろこびも

プロフィール

井村 直道 さん(株式会社 紀伊國屋書店 勤務)
徳島県阿南市出身。徳島県立富岡西高校を卒業後、2008年北海道大学文学部入学。1年次の全学教育で千葉惠先生の授業に感銘を受け、2年次より哲学・文化学コースを選択し、哲学講座の千葉先生の指導を受ける。2012年、北海道大学文学研究科思想文化学専攻哲学倫理学専修に入学。アリストテレスの目的論的自然観について研究。2014年3月修了、2014年9月より株式会社紀伊國屋書店に勤務。

北大文学研究科(思想文化学専攻)を選んだ理由

学部生時代に4年間北大に在学し、札幌という土地に慣れ親しんだことが大きかったと思います。慣れ親しんだ土地と友人、先生方のもとで自分の興味関心であった哲学という分野をより深く掘り下げたいと思いました。指導教員は千葉先生に担当頂きました。千葉先生との出会いは、先生が担当されていた全学教育の授業「思索と人生」がきっかけです。シラバスのキーワードに「神、存在、幸福、愛、実存、自由、言語・・」とあり、「これだ!」と身体に電流が走ったのを覚えています。それ以来、先生の開講する授業には必ず出席するようになりました。研究対象は千葉先生のご専門がアリストテレス哲学だったこともあり、自然と古代ギリシャ哲学に傾きました。

大学院ではどんな研究を

大学院ではアリストテレスの目的論的自然観を研究テーマに選びました。目的論的自然観は、自然物(動植物)の生成過程に「無駄のなさ」を見出し、そこに秩序と合目的性が予め備わっているとする考えです。これに対して「存在するものは物質だけだ」とする自然主義的な発想は、自然物の生成過程を盲目的な自然のメカニズムにより、いわば機械論的に説明します。21世紀を生きるわれわれにとって、より標準的で、親しみのある言説は後者かと思いますが、私はこれにチャレンジするかたちで、アリストテレスは2千年前に目的論的自然観と機械論的自然観の両立可能性を主張していたことを問題にしました。自分の研究が単なる懐古趣味に終始するのではなく、現代においても意義のあるテーマであり、アリストテレス哲学は温故知新たりうることを論証したかったのです。

大学院に行ってよかったですか

大学院では学部時代より演習が多く、人前で発表する機会が多くありました。思想文化学専攻では「エニグマ」という演習があり、同じコースの異分野を研究する院生を対象に自身の研究テーマを発表する場がありました。また普段より院生同士の交流も多くあり、自主的にゼミを行うなど、分野ごとの垣根が低かったように思います。大学院での研究は専門性が高いため視野狭窄になりがちですが、研究を共有する場を持つことで、有益なフィードバックを周囲から得ることができました。

在学中、大変だったことは

古代ギリシャ語で書かれた原典を翻訳・読解することはもちろん、日本語の参考文献がほとんどなかったため、外国語の参考文献を自ら探り当て、翻訳し、論点を整理するという作業(サーベイ)に相当な根気を要しました。卒業論文に費やした時間と比較しても、数倍はあったと思います。それだけに、修士論文を提出したときの喜びは望外、感慨と達成感はひとしおでした。

修了後→現在までの道のり

在学中は論文執筆に専念し、就職活動に本腰を入れることができていませんでした。正直なところ、修了後の自身のキャリアプランをはっきり思い描けていなかったことも一因です。悩みに悩みぬいたところ「自分は本が好きではないか」とわれに返り、札幌駅前で文学研究科と「人文学カフェ」という企画を行っていた紀伊國屋書店にエントリー、無事入社することができました。単なる書店ではなく、学術文化への貢献をポリシーとしている点に、他社にはない強い魅力を感じました。

 

現在のお仕事の内容

現在は営業として、お取引先となる大学図書館や研究室、官公庁などの法人様に出向いています。ご案内しているのは、和洋の新刊に留まらず、電子書籍、海外ジャーナル、データベースなど多岐に及びます。お客様によっては、店頭にて選書ツアーを希望され、ご案内することもあります。また最近では、千葉先生が執筆した北大出版会「信の哲学」の新刊案内をお客様に行うこともできました。

大学院で学んだことは今のお仕事に役に立っていますか

大学院での最大の目標は修士論文の執筆にありますが、学術論文を一口に執筆するといっても、テーマについての幅広い調査や、鋭い分析と批判、筋道立った論旨構成、明快で豊かな文章表現といった様々な要素が総合的に要求されます。論文執筆や発表の機会を通じて陶冶されるこうした能力は、商材の分析や、お客さまへのプレゼン作成、社内稟議を申請する機会などにおいて大いに生きています。

今後の目標・夢

メディアが多様化する昨今、書籍や書店そのものの存在意義が問われる時代となりました。慣れ親しんだ本がこうした憂き目に遭っていることは大変残念ですが言論や表現の自由、また情報の信憑性といった観点からいえば、私は今でも本が最良のメディアであると確信しています。時代に流行り廃りはつきものですが、私はこれからもこの最良のメディアの販売を通じて、日本の言論文化を隅からでも支えていければと思っています。

後輩のみなさんへのメッセージ

文学研究科への進学を検討されている方が最も悩まれるのは、進路ではないでしょうか。いわゆる実学ではない分、就職に不利なのではという懸念がありますが、その点は率直に言ってご本人次第です。大学にはキャリアセンターもあり、就職活動に際しきちんと情報収集をし、対策を講じていれば専攻や院生という肩書は関係ないと思います。最終的に重要視されるのは本人の人柄だからです。学部時代では物足りない、より高度な研究をしたい、関心を掘り下げたいという意欲があるのなら是非とも進学をお勧めします。本当に長い目で見れば、大学院での2年間で得られる読書体験や思考力、はたまた人生についての考察や思想は本当にプライスレスです。多忙な社会人になってからこそ、大学院への進学は自身の未来にたいして良き投資だったと思わずにはいられません。

(2018年8月取材)