文学部で粘り強く考え抜いた経験は社会人としての土台にもなる

プロフィール

椎名 彩 さん(公認会計士/デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社)
茨城県出身。茨城県立竹園高校卒業後、2015年4月に北大文学部に入学。文学部では哲学・文化学コース/倫理学講座*でピュロン主義という古代懐疑主義を中心に研究。2019年3月に卒業。2020年1月に有限責任監査法人トーマツに入社。現在デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に出向し、M&Aアドバイザリー業務に従事している。

*2019年4月の改組により、倫理学講座は、哲学倫理学研究室となりました。

 

北大文学部を選んだ理由

高校2年生のときにたまたま手にとったプラトンの「ソクラテスの弁明」で、哲学に引き込まれました。そこから、大学ではどうしても古代ギリシャ哲学を学びたいと思い、古代ギリシャ哲学を専門とする教授がいる大学の中で進路を考えるようになりました。古代ギリシャを専門とする方が1人もいない大学も多くある中、北大文学部は当時2人もいて、学ぶのに最適な環境だと思い入学を決めました。

文学部ではどんな研究を

かねてからの希望のとおり、プラトン、アリストテレスなどの古代ギリシャ哲学を中心に学びました。その他にも、古代から現代にかけての西洋哲学、倫理学、論理学、宗教学など、興味の赴くまま講義をとり、幅広く学ぶことができました。

卒業論文では、古代ギリシャ哲学の中でもピュロン主義という古代懐疑主義を扱いました。懐疑主義とは、当たり前に真理であると思われていることについて、それが本当であるか疑う態度のことを言います。懐疑主義に対しては、懐疑を突き詰めた末に真理は何も存在しないのとの結論に辿り着き、真理がないという真理を主張することで自己矛盾に陥ってしまうとの批判がしばしばなされます。卒業論文では、こうした批判を踏まえた上で、ピュロン主義の思想の整合性について論じました。

ピュロン主義の、思い込みを疑い性急に物事の良し悪しを判断するのを差し控える、という態度は、現代社会にも示唆を与えるものではないかと考えています。

北大文学部に行ってよかったですか

よかったと思っています。

学部1年生の頃から古代ギリシャ語の講義をとり、2年生からはプラトンやアリストテレスの原典を読むゼミにも参加していました。

言語の勉強は覚えることが多く大変でしたが、憧れの哲学者たちの文章を彼らが使用していた言語でそのまま読めることは何よりの悦びでした。また、現代日本語で訳すとどうしても長くなってしまう表現が、古代ギリシャ語では単語1つ2つで表せてしまうといったこともあり、その単語の存在自体から時代背景も推定され、とても面白かったです。

哲学書を独りで読むのも、もちろん勉強になりますし、面白いです。ただ、腰を据えて原典をじっくり読めたことや、哲学・倫理学の中でも異なる分野を研究している友人たちと専攻している時代も地域も超えて議論ができたことは哲学倫理学研究室ならではの経験だと思います。

在学中、大変だったことは

卒業論文と公認会計士試験の両立でしょうか。

学部3年生のときに公認会計士試験の勉強を始めましたが、4年生の12月上旬に一次試験である短答式試験があり、その2週間後が卒業論文提出というスケジュールだったので、卒業論文については通常よりも前倒したスケジュールで担当教員にご指導いただきました。そのおかげで、試験については無事合格、卒業論文もなんとか提出できました。提出締切前夜に友人と構内のセイコーマートで栄養ドリンクを買ってきて研究室にこもって、徹夜で完成させたのも今ではよい思い出です。柔軟かつ熱心にご指導いただいた担当教員には、深く感謝しています。

ただ、もっとじっくり卒業論文に取り組みたかった気持ちもやはりありました。そんなに焦って就職しなくてもよかったのではないか、と今更ながら思うこともあります。

卒業後から現在までの道のり

2019年3月に卒業後、11月に公認会計士二次試験である論文式試験に合格し、2020年1月に有限責任監査法人トーマツに入社しました。公認会計士を目指したのは、経済的に安定しており、キャリアの選択肢が多く、ライフイベントにも対応しやすい点に魅力を感じたためです。就職活動については、当時は業界として売り手市場だったためさほど苦労しておらず、公認会計士試験合格者のほとんどがファーストキャリアとして選ぶ監査法人のうち、肌に合った法人を選びました。監査法人では3年半ほど製造業や公的法人の会計監査の経験を積み、希望を出して、2023年7月からはグループ会社であるデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に出向しています。

現在のお仕事の内容

現職では、M&A(企業の合併・買収)に関するアドバイザリー業務に従事しており、主にバリュエーション(企業価値評価)を行っています。業務そのものが面白いという点に加え、企業の重要な転換点に立会い、その意思決定の支援ができるというのは大きなやりがいとなっています。

大学で学んだことは今のお仕事に役に立っていますか

文学部で粘り強く考え抜いた経験は、社会人としての土台になっていると感じます。

また、そもそも何のために生きるのか、何が幸福なのか、といったよくある哲学的問いについて、考えずにいられなくなって哲学倫理学研究室に行き着きました。こういった問いに対して、研究室での議論・思考の末に自分なりに折り合いをつけて、やっと生きられていると感じます。哲学倫理学研究室での学びは、私にとって必要不可欠な時間だったと理解しています。

今後の目標・夢

これまで、あまり先のことは考えず自分の興味関心に従って気ままに生きてきました。大それた目標や夢はありませんが、面白いからこそ熱量を注ぎ込めるという側面が大いにあると思っています。これからも面白いことを探して取り組んでいき、それが誰かの役に立つのなら何より、と考えています。

後輩のみなさんへのメッセージ

社会人になってから「文学部出身です」と言うと、「自分も文学部に行けばよかった」という声を驚くほど多く聞きます。よくよく話を聞いてみると、皆さん「文学部に興味があったが潰しが効きそうな他の学部を選んだ」、「でもやっぱり大学生のときくらい興味のあることを勉強すればよかった」とおっしゃっていました。

今読んでいる皆さんも、文学部に興味がある一方で就職を気にされているかもしれません。私としては、すでに就きたい職を決めており、文学部だとその職に就けないといった事情がなければ、文学部で学ぶことを強くお勧めします。

一度きりの人生です。ぜひ、皆さんの興味関心を大切に、今後の選択をしていってください。

(2024年2月取材)