学芸員として現場の課題に向き合いつつ研究を継続

プロフィール

山田 のぞみ さん(本郷新記念札幌彫刻美術館〔公益財団法人札幌市芸術文化財団〕 学芸員)
北海道小樽市出身。北海道大学文学部卒業後、同大学大学院文学研究科に進学。思想文化学専攻・芸術学専修*にて、17世紀のスペイン美術について研究。博士課程2年目から日本学術振興会の特別研究員(DC2)に採用される。2017年6月に博士(文学)を取得。本郷新記念札幌彫刻美術館には同年4月より勤務。

*2019年4月の改組により、文学研究科は文学院に、思想文化学専攻は人文学専攻に統合、芸術学専修は芸術学研究室になりました。

北大文学研究科を選んだ理由

北大文学部に在学中に芸術学という学問に出会い、厳しくも温かい先生方や切磋琢磨しあえる仲間に恵まれたこの環境で研究を続けたいと考えたからです。また、芸術学は対象とする作品や作家を実地調査することが基本ですが、北大文学研究科には海外調査旅費の支援や研究費獲得のための申請書作成支援が整っており、制度を一つ一つ活用しながら地道に研究を進められそうだと感じたことも決め手でした。

大学院ではどんな研究を

17世紀のスペイン宮廷において絵画が果たしていた教育的な機能について、宮廷画家ベラスケスの作品を中心に、具体的な作例をもとに解き明かすことを試みました。現代の教育では当たり前のように視覚的な教材が用いられます。実はそのプロトタイプともいえる視覚による教育が現れた時期が17世紀にあたり、文字のみによる教育から、画像イメージを用いた教育へと移行する重要な時代であったということを跡づけることを目指しました。

博士後期課程への進学理由

修士課程のテーマを発展させ、ある程度まとまった研究成果を出したいと思い、博士課程に進学しました。その先に、美術館学芸員をふくめ研究を生業とすることに憧れをもちました。

修士課程では、前述の研究内容のうちごく限られた作例しか扱うことができず、展望を示しきれませんでした。博士課程では、個々の作品のみならず、それらが展示されていた一つの建築物全体を視野に入れるとともに、テクストとイメージをめぐるより大きな歴史的文脈を意識した論じ方を展開したいと考えました。

大学院に進学してよかったですか

今思い返すと、研究に打ち込むことのできる日々はなんて贅沢だったのだろうと感じます。読む、調べる、書く、発表する、先生方や仲間からのフィードバックをもとに、さらに研究内容とアウトプットの仕方をブラッシュアップしていく…という過程は、ストイックな身体トレーニングにも似て、独特の高揚感がありました。一方で、博士課程進学者の就職状況が長らく好転していないことを常々聞いていましたので、将来への不安は確かにありました。

在学中大変だったことは

研究の突破口が見つけられず、停滞してしまった時期がありました。学術誌の査読を連続で通過出来なかったこともあり、研究の厳しさにぶつかったように感じていました。いただいた査読意見に一つずつ応えていく気持ちで文章を書きなおすことで、軌道修正をしながら博士論文をまとめていきました。

学位取得と現職への道のり

日本学術振興会の特別研究員(DC2)の採用期間中に博士論文を完成させることを目標にしました。博士課程の途中で学芸員の就職試験を受けるか迷った時期もありましたが、一度始めたことをまずはやり抜きたいと考え、博士論文の執筆に取り組みました。執筆にあたっては、文学研究科に提出が義務付けられている研究論文IとII、そして半期に一度のゼミでの発表が、研究のペースメーカーになりました。あわせて、一年に一本は学術誌に論文を掲載することを心掛けました。

学芸員という職業を意識したのは高校生の頃。その頃はぼんやりと、学部生の頃からはより明確に、学芸員になりたいと考えるようになりました。作品や資料のそばで調査研究をし、展覧会の企画などに挑戦したいと思いました。就職に向けては、アカポスをふくめ専門職の求人が掲載されるウェブサイトのJREC-INや、「学芸員募集の掲示板」をこまめにチェックしていました。

博士論文を執筆中の博士課程3年目の秋に、札幌市の芸術文化施設を管理運営する公益財団法人札幌市芸術文化財団現職場を受験して内定をいただき、翌春から現勤務館への配属が決まりました。2月に博士論文を提出し、4月に就職、6月に口頭試問を受け修了しました。

現在の仕事・研究内容

ギャラリートークで作品について解説

美術館の学芸員として、展覧会や普及事業の企画、運営を行っています。展示やイベントへのお客様の反応をダイレクトにいただけるのは、規模の小さい美術館ならではです。日々新たな課題と向き合う日々を送っています。

研究面では、2つのテーマをもっています。一つは、ライフワークのような位置づけで大学院時代から引き続き取り組んでいるスペイン美術に関するもの。もう一つは、就職して得た日本近現代彫刻史というテーマです。大学院在学中に指導教員の先生から、テーマを複数持つことで視野が広がり、楽しみながら研究ができるとアドバイスをいただいたことに影響を受けています。芸術学に関することはもちろんのこと、研究という営みそれ自体に関する数多くの教えをいただけたことにあらためて感謝しています。

大学院で学んだことは今の仕事に役に立っていますか

研究の種の見つけ方や調査の仕方、テーマの組み立て方、競争的資金獲得のための申請書の書き方など、就職後に出会った新たなテーマや業務に取り組む際にも、大学院で学んだことを思い起こしながら取り組んでいます。こうした技術的なことに加えて、研究室で日々暮らしていく中で先生方や先輩から指導いただいた美術館業界に関するもっと心情的な部分、あるいは身の処し方についてのあれこれも、ふとした時に思い出され励みになっています。

今後の目標と夢

これからも、たとえ少しずつであれ芸術について考え、語り続けていきたいと考えています。言葉に還元されることのない造形ならではの本質を言葉にしようというところに無理があるのかもしれませんが、それでもなお、私たちの心を動かすさまざまな造形表現、形の本質に言葉で迫ろうとすることに、挑戦し続けていきたいと感じています。

これから進学する皆さんへのメッセージ

研究だけで生きるのは容易ではありませんが、研究と生きていくことはできるかもしれません。世にいうポスドク問題の実情を聞いてもなお、博士課程進学に光明を見出してしまうのは、研究の楽しさと意義にどうしようもなく惹かれてしまうからだと思います。博士論文の執筆、そしてその先の将来へと道を歩まれる際には、北大に整えられた研究支援制度のサポートが役立てられると感じています。

(2020年9月取材)