第21回 北大人文学カフェ

注意と魅力の心理学
勝手に動くワタシ、考えて決める

わたしたちが日常生活のさまざまな刺激や環境変化にうまく適応できている背景には、二重の心のはたらきがあります。ひとつは、「勝手に動く」自動システムで、もうひとつは「自分で考えて決める」意図システムです。なんだ、それだけのことか、と思うかもしれませんが、そう思っているのは意図システムだけであって、この瞬間にもあなたの自動システムが何をねらっているかは誰にもわかりません。

今回のお話では、まず意図システムの柔軟さとその限界を示す研究を、具体的ないくつかの例を使って、皆さんに体験してもらいます。次に、自動システムが勝手に動くようすを、これも実体験を通じてお目にかけます。とくに、最近の顔にまつわる魅力の研究を例にお話しします。皆さんは、マスクをつけることで顔の魅力は上がると思いますか?下がると思いますか?こんな話題から、意図および自動システムのはたらきを河原先生と一緒に見てゆくことにしましょう。


イベント開催日
2017年11月04日
会場
紀伊國屋書店札幌本店1階インナーガーデン
話し手
河原 純一郎(かわはら じゅんいちろう)
北海道大学大学院文学研究科
心理システム科学講座 准教授

プロフィール

※プロフィールは人文学カフェ開催当時のものです。

はじめに

今日は「注意と魅力の心理学―勝手に動くワタシ、考えて決める私」ということでお話しします。私は、北大の文学部、古河講堂という見た目はいい感じですが、近寄るとボロボロ(笑)の建物の2階にある研究室におります。専門は認知心理学で、特に注意、ストレス、魅力について研究しています。教育研究としては注意力の個人差、自動車の運転スキルと記憶の関係、顔は注意を引きつけるなど、注意の準備状態の研究なんかをやっています。今日は、こういった専門的なお話以外にも日常との接点、特に「注意力と魅力」という一見接点がないように感じるものが、我々の心の働きの中で、どういう風に他の行動と相互作用し、我々の普段の適応的な行動に貢献しているかというのをお見せできればと思います。

心のシステムはいつもジレンマ

まず「二重構造の心」という、心理学で長らく議論されているテーマをご紹介します。皆さんにもちょっと体験してもらいましょう。今からこの文字の色を読んでもらいます。漢字を読むのではなく、文字のインクの色を読んでください。この左上から順に行って、今度は右上に行って順番に。

さあ、どうでしょうか?なんとなく左側は割とスムーズにいくんですよね。しかし右側はつまずいて失敗して、「あーっ」とか言ってる方がいらっしゃる。何でこんな風になるんでしょう。これはどこかが悪いわけではなく、皆さんの中に存在して常に働いている自動システム、意図システムの働きなんです。文字を読む、それは小さい頃から訓練して自動化され、勝手にやっちゃうんです。これは自動システムです。で、今の色を読むというのが意図システムです。意図システムがこれは色が赤、青と答えようとしているのに、自動システムが文字を読んでしまい、頭の中でぶつかり合いが起こるんです。普段こういう色を読むことなんてしないですよね。なので、色は意図システムにお願いして、文字を自動システムがやってくれたので、ぶつかってしまう。今日のテーマである「勝手に動くワタシ」というのは自動システムの働きです。一方「考えて決める私」というのが意図システムです。

「注意」は価値あるものに向けられる

ここからは注意の集中についてお話しします。一度にたくさんのことをすることはできないので、沢山あるものから、大事なものを選びましょうという働きが「注意」です。選びとり、意識システムで考えて複雑なことをするわけです。よくある例で見ていきたいと思います。皆さんの大好きな携帯電話。車の運転中、歩きながら、つい見てしまいますよね。運転中のスマホは法律的にもやっちゃダメですが、何でしてはいけないのかっていうと、意識システムをそっちに使ってしまうからですね。前を見るとか運転行為の邪魔をする事になる。これをうちの研究室で調べました。電源をOFFにしてある携帯電話をパソコンの前に吊り下げて、被験者の方にさっき皆様にやってもらったような実験をします。電源OFFの携帯電話がぶら下がっているだけで20%くらい成績が下がるという結果でした。

こんな風に意識システムは自動的に悪さをします。注意の資源というものをどこかに取られると、我々の普段の何気ない行動にもインパクトが及ぶわけですね。勉強する時も、使ってないからと携帯電話を伏せて置いておくと、それが皆さんの注意を引っぱってしまう可能性がある。これは価値のあるものに注意がいくっていうことを示していて、最近、研究の業界で流行っているんです。

マスクで魅力が変化する?

価値のあるものについてもうちょっと掘り下げると、「魅力」の話が出てきます。例えば美人であること。これも価値の1つで、なぜ美人ばかりが得するのかという本も研究もめちゃくちゃ多いです。心理学者も調べていますが、顔の魅力が高いと、いろいろ良いことがありまして、大学教員にとって切実なのは、魅力の高い教員が授業をすると学生の集まりが良くなる(笑)。顔の魅力を決めるのは生まれつきのものから装飾品などいろんな要因がありますが、こんなのもあるんじゃないかと思って調べたのがマスク。マスクで魅力は上がるでしょうか。大学生300人くらいにどう思うか聞いてみたら、半分ぐらいが上昇すると答えた。1/4ぐらいが下がるんじゃないかって言っていて、1/4ぐらいが変わらないんじゃないかと言っています。

仮説を考えましょう。マスクをすると顔が隠れます。隠してしまうとせっかく整った鼻とか口の状態が隠れてしまう。だから元々魅力の高い人にとっては損な訳です。一方で魅力が低い状態の時は隠すことは良いかもしれない。マスクをする事でみんな似たような状態になり、魅力が平準化されます。さらに、マスクは直感的に不健康やアレルギーの印象を与え、全体的に魅力が下がるんじゃないかという風に考えます。で、実際に実験をして測ってみると、もともと魅力が高い人は他人からの評価が下がり、もともと低かった人はあまり変わらない。さらに、不健康な印象が強くなってマイナスの効果を生むことがわかりました。

この結果を見ると、少なくともマスクをすると魅力は下がっている。でも実は良くなる場合もあるという例を示したいと思います。元々顔の魅力を判断する時に、赤いものを身につけると高く評価されるってことがあるんですね。勝負服は赤が良いとか言いますよね。マスクもちょっと赤っぽいもので、ピンクマスクで測ってみました。そうすると数パーセント魅力が上がるんですね。これは、我々の自動システムが赤を良い物と結びつけているために、本当はマスクは魅力を下げる効果があるのに、自動システムがそれを助けて、魅力を高めるということだと思います。

まとめ

まず、二重構造の心ということで、自動システムと意図システムの話をしました。それで、携帯電話とか注意の焦点をずらす働きがあると意図システムが影響を受けて大事な判断に遅れが生じるということを示しました。それからマスクをつけると魅力は上がるか下がるかというから、自動システムの助けで魅力が上がるという話をしました。今日はこういった感じでまとめて3つのお話をしましたけど、そろそろお時間ですので、ここまでにしたいと思います。ありがとうございました。

話し手からもう一言

この当時から準備していた書籍ができあがりました。一般向けに編集してありますので,どうぞご覧下さい。

美しさと魅力の心理
三浦 佳世 ・河原 純一郎 編著
出版年月日     2019年10月10日
ISBN     9784623086597

書香の森 出版社のページ

マスクに関する研究は,カフェでお話しした頃とは世界が大きく変わりました。
現在,マスクをするのが当たり前になっており,不健康効果とは異なる要素が加わっている可能性があります。わたくしの研究室では,こうした点からコロナウィルス流行後の世界でのマスク研究を精力的に展開しています。
関心のある学生さんにも加わっていただければと思っています。

(2020年7月 記)