若手研究者支援セミナー2022「専門書出版への橋渡し博士論文のその先へⅢ-」開催されました

10月26日(水)に文学研究院研究推進委員会主催の若手研究者支援セミナー「専門書出版への橋渡し-博士論文のその先へⅢ-」がハイブリッド形式にて開催されました。本セミナーは、博士論文の出版に関心を寄せる若手研究者が、書籍化の意義や実際の作業工程について知り、将来の出版を見据えて研究活動を行えるよう支援することを目的として企画しました。

2013年と2016年と2019年の計3回、学術図書出版編として同様の趣旨でセミナーを行い、いずれも20名を超える参加者で好評を博しており、今回は4回目の開催となります。北海道大学出版会の竹中英俊さんと川本愛さん、文学研究院専門研究員の田村理さん、関西大学東西学術研究所の李媛さんの4名の方々に話題を提供していただきました。  

中村三春先生 映像・現代文化論研究室
中村三春先生(映像・現代文化論研究室)

 まず始めに、司会の中村三春先生(映像・現代文化論研究室教授、研究推進委員会研究支援専門部会長)から話題提供者の紹介と本セミナーの概要について説明がありました。その後4名の話題提供者によるお話と研究推進室からの出版助成情報提供、中村先生からのコメント、参加者との質疑応答がありました。

竹中英俊さん 北海道大学出版会
竹中英俊さん(北海道大学出版会)

話題提供者の一人目、北海道大学出版会相談役の竹中英俊さんからは、49年にわたる出版人としての経験をもとに、「学問のすゝめ、出版のすゝめ」と題してお話がありました。
冒頭で竹中さんは、1872年に福沢諭吉の『学問のすゝめ』初編が刊行されたことや同年慶應義塾出版部が設立されたことなどを挙げ、2022年は大学出版部の先駆的形態が出来て150年にあたる記念すべき年であることを紹介しました。

続いて、学術出版の祖ともいえる本居宣長に始まり今日に至るまで学術出版に携わってきた巨人たち系譜に触れ、彼らの肩に乗って今があることや、「エウレカ!エウレカ!」(注:「我、発見せり」アルキメデスが叫んだとされる言葉)の瞬間の喜びを忘れないでほしいと聴衆に語りかけました。また、出版とキャリアプランは往復運動であること、出版はそれ自体が目的ではなく、出版を通して他者を、社会を、自己を変えてゆくことの重要性を強調しました。

竹中さんは、これまで出版業界で厳しい局面に直面しながらも、長く続けることができたのは、「知の公共世界」の存在を確信できたからだと言います。「知の公共世界」とは市井に生きる人々によって根底が基礎づけられている「非知の公共世界」によって成り立ち、出版と社会・他者との対話によって担保されている世界です。最後に参加者に向けて、各々の研究をもとに研究成果を著し、「知の公共世界」を担うことへの期待を述べて話を閉じました。

川本愛さん 北海道大学出版会
川本愛さん(北海道大学出版会)

二人目は北海道大学出版会編集担当の川本愛さんです。タイトルは、「⾃分の博⼠論⽂を出版した編集者から、博⼠論⽂を出版したい⼈たちへ ~なぜ出版し、どのように編集するのか~」です。自身の博士論文出版の経験を持つ編集者としての立場から、博士論文出版の目的と具体的な編集作業についてお話がありました。

川本さんは、単に自分の研究成果を専門の研究者に読んで欲しいだけであれば、国際的な学術雑誌に投稿したり、博士論文を大学のリポジトリで公開したりするので十分だと言います。出版は⾮専⾨家の思考様式にも影響を及ぼし得る⼒をもつ作品として⾃分の研究成果をつくりかえる作業であり、社会を良くしたいという強い気持ちで臨んで欲しいと話しました。原稿を提出すればそのまま印刷にかけられるわけではなく、加筆修正や編集者による内容チェック、表現の修正、索引作成など膨大な作業を経てようやく出版にこぎつけることを説明しました。学術図書の目標販売数は500部です。

自身の著書の出版後は、教科書への分担執筆依頼を受ける、他分野の研究者が参考文献に挙げてくれる、書店の選書フェアに呼んでもらえるなどの反響があり嬉しかったと話しました。

※川本愛さんの著書
『コスモポリタニズムの起源:初期ストア派の政治哲学』2019年 京都大学学術出版会

 田村理さん 文学院専門研究員
田村理さん(文学研究院専門研究員)

三人目は、文学研究院専門研究員の田村理さんです。「博士論文を出版して」というタイトルで、自身の博士論文出版の経緯についてお話がありました。田村さんは西洋史学研究室の出身で専門は18世紀から19世紀にかけてのイギリスです。グローバリゼーションの中で生じた奴隷貿易などの問題解決のために、人権論や人権理念といった普遍的価値が生まれる過程を研究しました。

田村さんは博士後期課程在学中より、自分の研究を活かして世の中を変えたいという野心があり、本を出版したいという希望を持って一念発起し、博士論文の全面的書き換えに着手しました。楡文叢書への応募を目標に設定し、2020年6月に応募、同年12月に出版が正式に承認されました。その後約1年に渡り出版に向けての作業を行いました。世の中には校正の不備が散見される書籍も多い中、些細な表現のミスや誤字脱字、索引の不備なども逐一指摘してもらい、その精度の高さには感動したと話します。
 
出版後はシンポジウムや研究会に招かれるなどしていると言い、お世話になった多くの方々に、自分の夢を叶えてもらったことへの感謝の気持ちを述べました。

※田村理さんの著書
『人権論の光と影-環大西洋革命期リヴァプールの奴隷解放論争』2021年 北海道大学出版会

李媛さん 関西大学東西学術研究所
李媛さん(関西大学東西学術研究所)

4人目は関西大学東西学術研究所ポスドクの李媛さんで、「学術出版の準備に向けて」というタイトルでお話がありました。李さんは、2021年度の楡文叢書に採択され、2022年度内の出版に向けて、目下作業中です。まずは李さんの自己紹介から始まりました。李さんは中国出身です。大学卒業後、民間企業での勤務を経て大学院進学を果たし、日本語古辞書の研究を始めました。

李さんは博士論文と書籍は「似て非なるもの」であるといいます。博士論文は主に指導教員や審査委員に読まれますが、書籍は非専門家が読者となります。非専門家である読者層を想定し、目次を再構成する作業を通して、それまでの自身の研究成果を改めて体系化することにつながったと話しました。

もし、かつての自分にアドバイスするとしたら、出版を意識して博士論文を書くこと、自分の専門分野に限らず、異なる分野の研究者にも意見を求めること、出版に関する情報収集を早めに行うことを挙げました。

 

4名の方々のお話に引き続き、文学研究院研究推進室澤田URAから、出版助成リストを用いて助成情報の説明がありました。出版助成制度は、分野や対象が細かく決まっている場合が多いので、自分の研究が対象になるかよく確認することや、毎年同じ時期に募集、締め切りがあり、申請書の様式や募集対象はほとんど変わらないので、自身のスケジュールと合うものを探して積極的に応募することについてアドバイスがありました。

その後、ここまでの内容について中村先生から4つの点についてコメントがありました。
一つ目は、出版ニーズは分野によって異なっていること。二つ目は、学術書は500部が基本であること。三つ目は、自己資金・外部資金がなければ学術書は出版できないのが現状なので、出版を考える人はいかに良い助成金を獲得するかを考える必要があること。四つ目は、博士論文をそのまま出版することはありえないことです。

最後に、参加者との質疑応答が行われました。
質問:
出版を見据えたうえで博士論文を執筆する場合、どのようなことに配慮して書けばよいでしょうか?
回答1:川本さん
基本は学術論文の積み重ねですが、博士論文をまとめるにあたって一貫したストーリーを据えて論文を書くのが良いと思います。
回答2:竹中さん
論文は「林」として一つの論理性を連ねることが大切です。書籍として社会に向ける場合は論文として発表されたものをmodifyして森にしていきます。林と森の関係を自分の研究テーマにおいて明確に意識することが重要だと思います。

当日は、大学院生や専門研究員を中心に計23名の方にご参加いただきました。アンケート結果では、全員が「満足」あるいは「やや満足」と回答しています(有効回答9名・回収率39%)。また自由記入欄には、「編集者の立場、執筆者の立場の方々のお話がお伺いでき、有意義な時間になった」、「研究助成の一覧が、大変見やすくとても参考になった」、「オンライン参加ができて良かった」等のコメントが寄せられました。