【プラスミュージアムプログラム】86日公開授業「未来の鑑賞者と向き合う」開催報告

未来の鑑賞者と向き合う-乳幼児とその家族たちとの協働

開催日時:8月6日(土)13時〜15時
開催場所:北海道大学 人文・社会科学総合教育研究棟W408教室 ※オンライン配信併用
講師: 杉浦幸子(武蔵野美術大学 造形学部 芸術文化学科 教授/社会設計家)

本プログラムの1年目では、様々な領域・組織の専門家がミュージアムをどのように捉えているのかを「対話」を通じてつまびらかにし、ミュージアムを取り巻く社会的なニーズや課題を分析・発見していくことを目的としています。

そこで、「ミュージアムをめぐるアナリシス」の第1部では8月から9月まで3回分けて、「対話と共生」をテーマに取り上げ、3人の講師を招いてお話を伺います。

今回の1回目は武蔵野美術大学・杉浦幸子教授を迎え、イギリスで目の当たりにした美術館教育を日本のミュージアムで実践してきた経験を紹介した上で、「赤ちゃんとびじゅつかん」と「保育園美術館」の2つのプロジェクトについて話していただきました。

まず、杉浦氏は自身のこれまでの経験をもとに、ミュージアムのコレクションである「もの」が生み出す「対話」と「会話」について、普段のミュージアムでの鑑賞活動のような内的な非言語領域は「もの」との対話を通して視覚を含めた五感で情報を受信し、さらに「自分」との対話を通して「もの」から誘発された自分の価値観の意識化がされていくとしています。一方、対話型鑑賞のような外的な言語的領域は「他者」との会話を通して他者の価値観と自分の価値観を擦り合わせする過程であるとし、非言語的領域と言語的領域は両方とも重要であると提起しています。

次に、2014年から開始された「赤ちゃんとびじゅつかんプロジェクト」の取り組みについてお話いただきました。このプログラムは、生後3-12ヶ月の乳児を対象に美術館等と連携し、美術館の資源(作品、空間、人)から五感で刺激を受ける機会を創出することを目的としています。これまでに24回実施し、参加者数はのべ551名になっています。乳児を対象に設定した理由について、人生最初期の学びと記憶は家庭だけではなく、社会教育機関も関われることや、副次記憶としてアートとのつながりを持ってもらうことを挙げています。また、実際に0歳の乳児の記憶に残るかどうかを検証することが難しいとしつつ、アート作品をみる時間の長さや身体的な反応を観察すると、作品に向き合う時間が大人よりも長く、じっくり鑑賞している様子が伺えると話しました。

もうひとつの事例として、「赤ちゃんとびじゅつかんプロジェクト」をさらに拡張した形で、2017年から実施されたプロジェクト「保育園美術館プロジェクト」の取組みについて紹介していただきました。0歳から6歳の乳幼児の生活の場・学びの場である保育園に、アート作品やアーティストとの日常的なコミュニケーションを創出することで、アートに無意識に接する機会が設けられます。さらに、日常の中でアートを認識する素地を作ることによって、アートに対する心理的・物理的バリアの解消につながることが期待できると語っていただきました。

最後に、これまで自身の取組みは美術館が中心になっているが、今後は博物館と美術館の違いを再考し、ミュージアム全体と連携していくことの必要性も提起しました。

 卓 彦伶(北海道大学文学研究院 特任准教授)