書香の森の企画展示を更新しました。進藤冬華氏作品のシリーズ展示、第2期の展示を紹介します。
縫い継がれた記憶 進藤冬華シリーズ展 vol.2
Stitched and inherited memories: Handiworks by Fuyuka Shindo
つらなりのステッチ 交差の場としての地域
Stitching continuity: re-discovering “Hokkaido” in cultural crossovers
私は、北アイルランドのベルファストで大学院時代を過ごしました。大学院修了後もしばらくのあいだ、プロジェクトや展示を行うスペースの運営に携わっています。複雑な歴史と文化をもつベルファストで「地域」を強く意識した私は、それまで自分自身の背景である北海道にあまり意識を向けてこなかったこと、その必要も感じてこなかったことに気づくことになりました。日本に帰ったら「北海道」に向き合おう――そう決めて帰国しました。
帰国して北海道の歴史やアイヌの文化、とくに手仕事を学ぶなかで、サハリンにも毎年行くようになりました。「北海道」という行政上の括りにとらわれず、北海道の北と南に位置するサハリンや東北も含めたエリアを、おおきく「このあたり」として捉えてみようと思ったのです。はじめてサハリンに行ったとき、フィールドワークを行っていた札幌の研究者の方に偶然お会いし、彼女の紹介で、ビビコワさんという少数民族ウイルタの女性に出会いました。ビビコワさんは、幼少期にウイルタの伝統的な遊牧生活を送った経験がある方でした。私は彼女の下に通って、ウイルタの伝統的な工芸や刺繍などを教わることになります。ビビコワさんが、ウイルタの人々にとって大事だと話していた大地や太陽、森や山などの自然、そして彼女が使っていた日用品を魚皮に刺繍したのが、《ビビコワさんの宿題》という、現在展示している作品です。今回の展示では、こうしてリサーチをしながら制作した作品を中心に紹介しています。
青森で、伝統の刺し子「菱刺」を学ぶ機会もありました。麻布に縫い目をずらしながら糸を刺していく意匠です。菱刺はもともと刺し子によって布を丈夫にし、防寒性も高めるために発達したそうです。布全体に細かくステッチを施すだけのシンプルな刺し子は、北海道でも、古くは野良着などに使われていたのを博物館などで確認できます。一方アイヌの博物館でも、民族衣装の甲あての一部に装飾的な刺し子を施したものや、衣服にシンプルな刺し子が施された例が見られます。その文化に特有の「伝統的な」モティーフや手仕事と考えられているものであっても、海や民族を超えて伝わった部分はあったのではと思います。
私はアイヌの刺繍を母に、ウイルタの刺繍をビビコワさんたちにならいました。また魚の皮のなめし方は、ビビコワさんだけでなくアイヌの方にも教えていただきました。ですから《ビビコワさんの宿題》も含めて今回展示した作品はどれも、私自身体験したサハリン、北海道、青森それぞれのモティーフや素材、技法などがまぜこぜになったものだと思います。政治的な境界は一方的で、暴力的なところもありますが、私は各地で手仕事を見ていくなかで、模様や技術はそれほどはっきりと区別されることのできない、「グラデーション」のようなものだと感じました。
私の作品の多くが、このように人々に学びながら「リサーチ」するなかで生まれたものです。私の方法は、アカデミックな研究者や「伝統」工芸家のような厳密さを求めていないため、周囲の理解が得られず自信をなくすこともありました。少数民族の差別など社会的問題を知って、自分の行動を反省したこともあります。こうして失敗や模索をつづけながら「このあたり」の手仕事やモティーフのつながりを実感したことが、「北海道」や民族の境界がつくられた歴史を自分なりに捉えたいという、私の次の仕事につながっていったと思います。
(アーティスト 進藤冬華)
正面展示ケース
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