文学部での学びを礎に日本と韓国をつなぐ架け橋へ

プロフィール

鈴木 沙織 さん(韓国のトラベルテックベンチャー企業に勤務)
北海道札幌市出身。札幌第一高等学校卒業後、2011年4月に北大文学部に入学。文学部では言語・文学コース/言語学情報学講座*で韓国語学を中心に学ぶ。2年次に韓国・全北大学校への短期留学プログラムに参加、3年次に韓国・高麗大学校に1年間交換留学、2016年3月に卒業。2016年4月に入社した東京のITベンチャー企業を経て、2018年9月韓国外国語大学一般大学院 KFLT(外国語としての韓国語翻訳専攻)修士課程に進学、2022年2月に修了。2022年3月より韓国のトラベルテックベンチャー企業に就職、唯一の日本人メンバーとして活躍中。

*2019年4月の改組により、言語学情報学講座は、言語科学講座となりました。

 

北大文学部を選んだ理由

北大を選んだ理由は、幅広い学問・進路の選択肢がある場所で、より多様な人たちに出会い、刺激を受けながら自分の好きなことを見つけたいと思ったからです。また、受験当時は心理学や宗教学、哲学等に興味があったため文学部を選択しました。入学後、1年次で興味のある分野の講義を幅広く履修してみた結果、ことばに関する学びが最も楽しく探究心が刺激されたため、言語・文学コースで言語情報学講座に進むことにしました。

受験生の頃、進路や就職に対する明確な計画や目標を持っていませんでした。進路を選択しようにも、自分が心から楽しめる分野は何なのか、世界にはどんな学問があって何を学ぶのか、将来どこで何をしたいのか、まったくイメージが湧きませんでした。唯一目標らしい目標といえば、「大学でいろんな人に会って、いろんな分野に触れて、自分の好きなこと・やりたいことを見つけること」でした。地元・札幌にある総合大学で、国内外から多様な人材が集まる大学、多様性にあふれる北大を受験することを決め、当時関心があった心理学や宗教学、哲学等、人のこころに関する学問を学べる文学部を選択しました。

入学後、1年次では文系理系関係なく幅広い分野の講義を自由に組み合わせて受講できたため、興味を持った講義を片っ端から受講しました。中でも英語演習や第二外国語(ドイツ語)、関西弁を学ぶ授業等、ことばに関する講義が毎回とても楽しみでした。別の言語も勉強してみたい!と韓国語を独学し始めたのもこの時期です。語学だけではなく言語そのものについてもっと深く体系的に学んでみたいという思いが強くなり、2年次からは言語・文学コース/言語情報学講座に進みました。

文学部ではどんな研究を

言語について多角度から学びました。特に好きだった分野は韓国語学でした。私が受講していた講義は、韓国語文法に関する書籍や論文を読み、日本語と比較しながら討論をするという内容で、教材から討論まですべて韓国語で行われる講義でした。現地で韓国語にどっぷり浸かりたい、韓国で韓国語学を学んでみたいという思いから交換留学をし、帰国後は日韓対照研究をテーマに卒業論文を執筆しました。

2年次から卒業まで、韓国語のアクセント研究や日韓対照研究をしていらっしゃる李連珠先生にご指導いただき、韓国語文法や日本語との対照研究を主に行いました。卒業論文のテーマは、日本語の「ちょっと」と韓国語「좀(jom)」の用法について分類し、共通点と相違点を探るという内容。今見返せば随分稚拙な論文だろうと思いますが、李先生が「自分が楽しいと思える研究をしたらいい」と背中を押してくださり、丁寧にご指導してくださったので、好奇心の赴くままに楽しく研究に取り組むことができました。

北大文学部に行ってよかったですか

もちろん、よかったです。北大文学部では幅広く多彩なカリキュラムが用意されている上、受講する講義もかなり自由に選択できるため、自分だけの研究プランが立てられることが非常によかったです。自分の好きな特定分野を深く掘り下げて学ぶこともできますし、幅広い分野の学問に触れて研究の幅を広げることも可能です。自主的に時間の使い方を考え、自分の好きな勉強・研究を好きなだけできる環境があることが北大文学部の何よりの魅力だと思います。

私の場合は、2年次で比較言語学や構造言語学、社会言語学、音声学、国語学、英文学、アイヌ語等、言語に関する科目を幅広く受講し、3年次以降は自分の好きな日韓対照研究や韓国語学を集中的に学びました。また、連続した空きコマを作って図書館の防音ブースにこもり、一日3~4時間ほど韓国語を練習していたのもいい思い出です。

この経験を通して、研究やコミュニケーションに必要な韓国語の基礎が養われただけでなく、様々な切り口から見た「言語」の姿に触れることで一つの物事をより立体的に理解しアプローチする姿勢を学ぶことができました。北大文学部での学びを経て得たこの実感が、学士・修士課程での研究はもちろん、日常の仕事上で課題解決に取り組む際にも私の考え方のベースになっていると感じます

北大文学部でオープンな学びの機会を提供してもらったこと、多角的に物事を捉え考える姿勢を身に着けられたことは、非常にありがたく貴重な体験でした。

在学中、大変だったことは

特にありません。講義を通して関心分野に関する知識を一つ一つ積み上げていくことも楽しかったですし、自分の考えを自由に表現できるレポート・論文の執筆もやりがいを持って楽しく取り組めました。

ただ、交換留学先では強い孤独感を感じたり、韓国語レベルが専門科目を受講できるレベルに達しておらず苦労した覚えがあります。しかし、わりとすぐに「友達がいないなら作ればいいじゃん!」と開き直り、自分から食事に誘ったり積極的に集まりに参加したりして、結果的に早く現地コミュニティに溶け込むことができました。講義受講に関しては先生方に許可をいただいて講義内容を録音し、何度も聞き返しながら復習しました。数字を数える時や独り言を言う時も、すべての思考を韓国語だけで行うことを意識しながら日々生活したことも韓国語上達に非常に役立ちました。苦労した思い出でもありますが、自分の特性や能力を短期間で伸ばすことができた貴重な体験だったと思います。

卒業後から現在までの道のり

北大文学部卒業後、2016年4月に東京のITベンチャー企業に入社。法人営業・ウェブディレクターとして約2年間勤務した後、2018年9月より、大韓民国政府奨学生として韓国外国語大学一般大学院 KFLT(外国語としての韓国語翻訳専攻)修士課程に進学しました。大学院では主に翻訳理論と韓国語学を学び、文学・メディア等の分野別に翻訳実習を重ねました。修士論文は日韓翻訳エッセイ文学を題材に執筆。翻訳戦略としての観点から語順・文章の再構成と情報性との関係について研究しました。その概要は、語順が非常に似ている日本語と韓国語の翻訳において、翻訳者により意図的に語順・文章の再構成がなされた場合、読者が受け取る印象や情報の質はどう変わるのか(情報性)、その分類と効果を検証し、翻訳の過程で戦略的に活用する方法を提案する内容です。2022年2月に卒業・修士学位取得後、在学中からインターンをしていたトラベルテックベンチャー企業に唯一の日本人メンバーとして入社。現在に至ります。

修士論文を書いていた頃の自宅の机。気づいたら朝になっていたこともしばしばありました。
コロナ禍で卒業式はありませんでしたが、修士修了の記念に。韓国外国語大学の本館前にて。

現在のお仕事の内容

勤務先のシェアオフィスにて。

韓日・日韓翻訳をはじめ、韓国観光企業の日本向けマーケティング支援、自社サービスの日本進出に向けた市場調査や法人営業等を中心に韓国・ソウルでお仕事をしています。会社は30名規模のベンチャー企業で、私は社内唯一の日本人なので日本に関するお仕事なら何でも担当します。

例えば、韓国観光企業が日本向けのキャンペーンやイベントを実施する際に、テーマに合ったコンセプトやキャッチコピーを提案したり、宣伝動画の字幕作成やWebページの企画・制作ディレクションを行ったりしています。また、自社サービスに関しては、日本進出に向けた市場調査や必要文書の翻訳、日韓クライアントに対する提案書の作成等を行っています。自社メインサービスは、人工知能を活用した旅行会社向けの航空券手配運用システム。旅行・航空業界の流通構造や関連技術等を日韓英3つの言語を通して関連知識を習得し、今も引き続き勉強中です。

最近(2022年7月)では、日韓観光ビジネスの再開・振興を目的とした韓国観光公社主催の韓国観光広報団として日本へ出張。主要都市にある約30社の旅行会社の方々とお会いして、自社サービスのプレゼンテーションと商談通訳を行いました。

北大文学部、韓国外国語大学修士課程を通して身に着けた勉強に対する根気や要領、日韓通翻訳のスキル、前職での営業とWebディレクターとしての知見等、学生時代から積み上げてきた一つ一つの経験が私の専門性や長所として活かされていることを実感し、仕事へのやりがいを感じています。

韓国観光公社の日本向けオンラインイベントスタッフたちと。私はWebページ制作やSNS運営、イベント参加者の管理・案内等を担当しました。(一番右が鈴木さん)
日本での商談会に参加し、自社サービスのプレゼンテーションと商談通訳を行いました。

大学で学んだことは今のお仕事に役に立っていますか

はい。身になったことはたくさんありますが、特に直接的に役立っていると感じることは、大きく次の3つです。

1つ目は、物事を論理的かつ多角的に捉えようとする態度や勉強の要領が身に着いたことです。論理的な思考や構成力は、企画書・提案書の作成やプレゼンテーションに確かな説得力を持たせるために必要な能力です。また仕事を通して成長するためには、常に新しい知識や経験を積むことが必要になってきます。私の場合はWebサイト制作、マーケティング・営業、ビジネス韓国語、航空・旅行業界に関する知識等を日々学んでいるわけですが、納得のいくまで深堀りする根気や探究心、より体系立てて理解しようとする取り組み方は学生時代に強化された部分だと感じています。さらに、既存の体制やルールを批判的に捉える姿勢であったり、特定の現象を基に仮説を立てた上でサンプルや例文を多数収集・参照し、特徴ごとに分類したり共通のルールを見つけ出したりするやり方も大学での研究を通して定着したものです。これはキャンペーンのコンセプトを決める時やWebページの構成を考える時、翻訳やキャッチコピー作成に際してより適切な表現を探す時等、特にクリエイティブさが求められる場面で役に立っていると思います。

2つ目は、韓国語の語学力と韓国文化の理解に関する基礎力が身に着いたことです。コミュニケーションの基本となる語学力はもちろん、韓国の文化や習慣に対する理解があることは、韓国で働く際の大きなアドバンテージになります。大学時代に韓国語を基礎から勉強したこと、交換留学をして現地で韓国語や専門科目を学んだこと、大学で出会った韓国人留学生との交流、北大や留学先の韓国人コミュニティに一人飛び込んだ経験…。これらすべてが基礎的な語学力や文化理解を深めていくきっかけになりました。

3つ目は、異文化や個人を優劣ではなく「違い」としてフラットに受け入れ、相互理解に努めようとする姿勢が身に着いたことです。大学での研究を通して様々な学問や言語、歴史や文化、ひいては個人の考え方にも優劣は存在せず、単にそれぞれが違うだけなんだと実感できたことが非常に大きかったです。また、北大にはルーツも考え方も研究分野もまったく違う、本当に多様な人々が集まります。サークル活動や留学等を通して、たくさんの人たちと活発に交流したことも「違い」を受容する態度、さらには私自身のアイデンティティを確立していく過程にも大きな影響を与えたと思います。このことは海外生活をする上でもビジネスパーソンとしても、円滑なコミュニケーションや心の安定と健康の維持に役立っています。

今後の目標・夢

常に学び成長する人、日本と韓国をつなぐ役割を担う人でいたいです。

現在は主に観光・航空・IT分野における日韓通翻訳やマーケティング、Webサイト構成等を行っていますが、まずはこれらの専門性を高めスキルを磨くこと、もっとたくさんの場数を踏んで経験を積むことが目標です。また、日本と韓国を行き来しながら両国をつなぐお仕事に携わっていたいという思いはいつも変わりません。

正直なところ、将来、私が何に興味を持って何をしたいと思うのか、私にも分かりません。先のことは未来の私に任せることにして、今は目の前にある事を一生懸命やることに集中したいと思っています。そうやって一つ一つクリアしていけば、より大きな目標や新しい世界が見えてくると信じています。

後輩のみなさんへのメッセージ

北大文学部はすべての人に開かれた自由な学び場です。誰もが自分の好きなことを好きなだけ勉強し、挑戦できる自由と環境が与えられるところです。

まずは好奇心に従って、ぜひ一歩踏み出してみてください。私のように人生プランや将来の目標がないとかぼんやりしているという方も、幅広い分野の学問や人々に出会い、自分が心から楽しめること・やりたいことを自由に探すことができます。そしてそれをサポートしてくれる制度や教職員の方々もいらっしゃるので、あれこれ挑戦してみるには北大はとても恵まれた環境です。

皆さんが楽しく自分らしく、大学で大いに遊んで学ぶことができますよう応援しています。

(2022年7月取材)