プロフィール
垣花 常武 さん(株式会社須田製版 勤務)
埼玉県さいたま市出身。東京都・私立開成高校を卒業後、2012年に北海道大学文学部に入学。主にマンガを中心に様々な表象文化について学ぶ。2016年に北海道大学文学研究科言語文学専攻映像・表現文化論専修*に入学。「マンガにおける時間論」と題してマンガに固有な表象システムとは何かについて研究する。2019年3月修了、同年4月より株式会社須田製版に勤務。
*2019年4月の改組により、文学研究科は文学院に、言語文学専攻は人文学専攻に統合、映像・表現文化論専修は映像・現代文化論研究室になりました。
北大文学研究科に進学した理由
北海道大学文学部には多種多様なコース・研究室があります。そのどれもが魅力的で、興味関心が次から次へと飛び移る好奇心旺盛だった当時の私にとって、多くの選択肢が与えられている文学部という環境はとても好ましいものでした。
その中でも、所属を決めた映像・表現文化論講座は、映画や小説を始め、マンガ、アニメ、写真、音楽、詩など非常に裾野の広い研究対象を取り扱っていることが特徴です。特に、入学前から親しんできたマンガという文化すら研究対象になりうるという発見は衝撃的かつ刺激的でした。
指導教員の押野先生もまた様々な研究内容に取り組んでいらっしゃる先生で、懐の広いお人柄も相まって、私のマンガを研究したいという欲求に(辛抱強く)付き合ってくださいました。
そうした恵まれた環境と関係性に支えられ楽しく学んだ結果、学部の4年間では物足りないと考え、同じ研究をシームレスに継続できる北海道大学大学院文学研究科への進学を選びました。
大学院ではどんな研究を
様々な表象文化が混在している中で、マンガがどのようなシステムによって独立したメディアとして存在しているのか、といったテーマについて、特にマンガにおける時間の操作・編集に関する表現技法の性質や成立過程を通じて研究しました。
大学院に行ってよかったですか
大学院という環境は、北海道大学以外の大学や海外から進学されてきた方も多く、研究室の研究対象の幅広さも相まって、在学中には非常に多様な価値観・世界観に触れ合う機会が多かったと改めて思います。
そうした出会いは、研究だけでなく自分自身の定位にすら繋がるもので、貴重で尊い経験を得られたことからも、大学院に行ってよかったと感じています。
在学中、大変だったことは
映画や絵画、文学といった他の表象文化と比較したとき、マンガというメディアが学問領域で俎上に載せられたのはつい最近のことと言っても過言ではありません。
そのため、先行研究や評論の数々はまだ未分化のまま溢れかえっていたと言ってもよく、それらがマンガの何を対象としていて、どのように位置付けられるのか、様々な言説の群れを自らで体系づけていく必要があり、膨大な資料を前に大変な思いをしました。
しかし、そういった様々な研究や評論の中から自身の研究と結びつくような視点や思想を掘り出す作業は、困難だった一方で、マンガという研究領域を開拓しているようで非常に面白いものであったこともまた確かです。
修了後から現在までの道のり
在学中は研究の面白さに魅了され、博士課程への進学も検討していました。
一方で、研究対象として既に世に出されたものを受け取るばかりであった数々の表象文化に対して、それらが生まれるその瞬間に自身で立ち会いたいという欲求もあり、悩んだ末にメディア系の制作に携われる機会を求め就職活動を行いました。
道内外を問わず、出版社や広告代理店なども含め、メディアを取り扱う業種を広く視野に入れた就職活動を経て、縁あって現在の会社に入社させていただくことになりました。
現在のお仕事の内容
現在は印刷会社の営業職として、「こんなことを発信したい」「今あるものをこんな風に変えたい」といったお客様の要望を叶え、不満を解消するために、チラシやポスター、パンフレットなど印刷機を持つ強みを活かした紙媒体の製作はもちろん、名刺や封筒などの小さなものからHPや動画の制作まで、様々なメディアを通じたものづくりを日々提案しています。
また、そうした提案を実現するために、金額面での粘り強い折衝や文字・デザインの修正などの校正作業といったお客様との細かなやり取り、また、制作部署や工場への綿密な工程の指示なども行なっています。
お客様とのコミュニケーションの中で要望を具体化するための提案を行い、製品として形にする工程の各所に顔を出す、ものづくりの組み立て役として日々の業務に取り組んでいます。

大学院で学んだことは今のお仕事に役に立っていますか
例えばお客様が広報のためにパンフレットを作りたいと希望されたとき、果たしてそれが最も効果的で効率的な手段なのか、ふと立ち止まって検討することは、多様なメディアが発展・発達した現代においては特に大切な逡巡であると思いますが、大学院で様々なメディアと触れ合った経験はその折々でより良い選択肢を見つけるための助言を与えてくれます。
とりわけマンガを中心に研究した経験は、紙媒体を主に取り扱う現在の業務内容と親和性が高く、日々の業務でも大学院で学んできたことが非常に役立っていると感じます。
今後の目標・夢
Webの隆盛やその他の新規領域の発展により、これまで以上に紙媒体はその意義を問われている現代は、印刷物の製作側としては多彩かつ的確な提案が求められる難しい状況ですが、一方、消費者としては様々なメディアがすぐ手の届くところに広がっている魅力的な状況でもあります。
この双方向性を十全に味わえるのは、大学院を経て企業へ就職した経験がもたらしてくれた醍醐味なのかもしれません。
一社会人として、そして、一個人として、公私にメディアとさらに深く携われるよう、努めます。
後輩のみなさんへのメッセージ
まさに今、進学を迷っている方に向けてメッセージを送ります。
「大学院」は確かに研究をする場所ですが、それは、大学院に入った人がその先ずっと研究だけをし続ける、ということを意味するわけではないと思います。
大学院への進学という選択をしても、あるいは就職など別の選択肢を選ぶことになったとしても、その先にはまた別の、新たな選択が迫られる瞬間が間違いなく訪れます。先に待ち受けるそれぞれの選択は、あるときは好奇心に従うということを意味するかもしれませんし、様々な条件を吟味した上での合理的な判断なのかもしれません。
必要なのは自分自身で自分の姿勢を決めること。
進路を決める瞬間というのはとても重たく感じられるものだとは思いますが、苦しみながらでも考え抜いた経験はきっと役に立つと思います。
過程を糧に、なんて洒落は令和では通用しないかも知れませんが、何事も「いい経験になったな」と受け止めるくらいでちょうどいいと思います。
まだまだ先は長いですので。
(2022年1月取材)