思い切り歴史を学ぶことで変わった社会の見え

プロフィール

宮西 紀子 さん(千葉県立高校(地歴科担当) 勤務)
福島県郡山市出身。福島県立安積高等学校を卒業後、2007(平成19)年に北海道大学文学部に入学。2011(平成23)年に北海道大学文学研究科歴史地域文化学専攻日本史学専修*に入学。幕末から明治に至る流れの中で、江戸幕府の改革・存続を試みた老中たちの動きについて考察研究を行う。2013年3月修了、同年4月より千葉県の高校に勤務、人事交流による中学校勤務を経て、現在千葉県立高校にて地理歴史教諭として教鞭を執る。

*2019年4月の改組により、文学研究科は文学院に、歴史地域文化論専攻は人文学専攻に統合、日本史学専修は日本史学研究室になりました。

北大文学研究科(日本史学研究室)を選んだ理由

私は高校では3年生まで理系クラスの所属で、受験に際していわゆる文転をしています。将来像が固まっていなかったため、9コース(当時)という多彩な選択肢のある文学部に進学しました。高校では日本史を履修しておらず、恥ずかしながら「なんとなく歴史が好き」という程度の認識しかなかった当時の私でしたが、日本史学研究室に出会い、先生方や先輩、素晴らしい仲間たちに恵まれたことで、どんどん日本史を学ぶ面白さにのめり込んでいきました。

研究室では近世史ゼミに所属し、学部時代は幕末の政治情勢や会津藩の京都守護職任命を巡る各勢力の動きについて研究しました。研究を続けるにつれて、もっと知識があれば気付けたことがあるのではないか、もっと深く学ぶことで今調べている内容に新たな側面が見えてくるのではないかと思う場面がどんどん増えていったのです。学部生としての4年間で、これらの疑問を突き詰めることはできませんでした。卒論に対しても、当時としては全力で取り組んだものの、心のどこかにどうしても満足できない部分が残りました。「このままでは終われない」と思ったことが、大学院への進学を決意する決定打でした。

元々幕末史に興味があったので近世史ゼミを選んでおり、大学院でも継続して研究の指導をしてくださったのが谷本先生です。谷本先生にはゼミや古文書学の講義を通して、農民から幕府役人までさまざまな立場の人々の姿を明らかにしていく手法をご指導いただきました。和人のみならず、『夷酋列像』を通して学んだアイヌ史に関する講義は特に印象に残っています。アイヌをめぐる現代の様々な活動についても意識が向くようになり、歴史を研究するということが現代にどのような意義をもつかについて考えるきっかけをいただきました。

大学院ではどんな研究を

江戸時代末期、戊辰戦争を最後に存続不可能となった江戸幕府は滅亡するわけですが、幕末史の中で江戸幕府という組織の内部について目が向けられることは少ないように思います。幕府の最高権力者はもちろん将軍ですが、14代目家茂が将軍に就任したのは若干13歳のときであり、15代目慶喜に至っては京都二条城で将軍宣下を受けてから在任中一度も江戸城に戻りませんでした。代わりに江戸幕府を構成・運営する主力であったはずの幕閣は、とりわけその頂点にいたはずの老中たちは幕末政局の中でどのような動きをとったのかについて考察しました。

一般的には「時代の流れについていけなかった敗北者」として描かれがちな幕末老中ですが、詳しく調べることで、幕府の存続を目指した当時の老中たちの通史に捉われない姿を提示することができました。例えば、それまで老中とは譜代大名から選出されるものでしたが、開国後は前例に拘らず外様である松前藩や旗本などからも、実績重視で登用される例がみられるようになります。また、「外交担当の老中」「軍事担当の老中」といった、明治以降の「外務大臣」「陸海軍大臣」を彷彿とさせるような業務専任体制の構築が試みられていた様子も明らかになりました。

修論では大政奉還の4年前までしか研究が進められなかったので、今後機会があれば残る4年間についても同じように分析をしてみたいです。

大学院に行ってよかったですか

よかったと思っています。というのも、院生としての2年間を使って「自分のやりたいこととは何なのか、自分はこれからどう生きたいのか」をひたすらに考えることができたからです。大学院への進学を迷っていたときに少しだけ就職活動もしたのですが、その際「エントリーシートに書くための志望動機を考えている自分」に気づき、志望動機が先にあっての就職活動ではないのか?とずっと引っかかっていました。院生になってからはそれまでがむしゃらに行っていたアルバイトを減らして研究に集中しつつ、一方でサークル活動や旅行なども適度に楽しむことができたので、心に余裕をもって自分を見つめ直すことができたと思います。

在学中、大変だったことは

修論を書くために必要な史料のいくつかは本州の大学や資料館書庫にしか収蔵されておらず、北海道という立地上、現地に赴いて直接閲覧するための交通費や宿泊費の捻出にはそれなりに苦労しました。例えば横浜開港資料館に足を運ぶ機会があったのですが、持ち帰った史料を苦労して解読した後に別の史料も必要であることが判明して、慌てて横浜まで翌日もう一往復したことがあります。数万円の出費が頻繁に重なるのは辛かったです。

ただ、移動の大変さとはすなわち、一つのテーマによって作られる地域間のつながりの広さを自ら体感することです。歴史を足で学ぶという姿勢を身につけられたことは、大きな収穫になったと思っています。

※(編集注記)文学院の学生向けに、旅費支援制度が設けられています。年度内に1回、「学会発表」か「調査」旅費の支援を受けることができます。

修了後から現在までの道のり

在学中ずっと続けていた家庭教師としての経験に加えて、院生になってから先輩の紹介により札幌市内の高校で非常勤講師として勤める機会を得たことから、教育現場で働くことに興味をもちました。学部生の頃に教員免許を取得した当時は「取れるものは取っておこう」という気持ちだったのですが、やはり取っておいて良かったです。いくつかの自治体の教員採用試験を受けて、最終的に高校勤務での内定をいただけた千葉県で勤務することになりました。初任校の高校で4年、人事交流により中学校に異動して3年働き、現在は3校目で生徒に地理歴史を教えています。

現在のお仕事の内容

教員としての仕事は、本分である授業の他にも学級経営・部活動・校務分掌(学校運営に関わる役割分担)等多岐にわたります。今は2学年の学級担任と合唱部の顧問をしながら、校務では成績処理や入試業務、時間割や学級の編成などを担当しています。受け持つ授業は日本史を中心に、地理・世界史・現代社会など、様々な科目があります。地理歴史科に関する幅広い知識が求められ、毎年担当科目も変わりますので、あらゆる角度から「社会」のようすを眺める「社会科」の面白さを実感する毎日です。

授業では史料の実物を見せて、生徒達が歴史のリアルをイメージできるように工夫している。写真は火縄銃と、地理歴史のさまざまな場面に登場する綿花。
生徒達からの質問は大歓迎。できるだけ丁寧に答えるようにしている。

大学院で学んだことは今のお仕事に役に立っていますか

とても役立っています。大学院で学んだことで、日々の仕事に対してとても前向きに、楽しんで取り組めるようになりました。

まず大きな理由として、これまでに学んできた内容を授業にそのまま生かすことができるということ。講義で学んだことはもちろん、そういえばこの内容はあのときゼミで発表していた人がいたな、あのとき雑談の中でこの話題になったな、とふと思い出すこともよくあります。教科書や参考書の記述を見ながら、自分が在学中に研究・設定した仮説を反芻する時間は心が弾みます。

また、教師になって以来、生徒の「歴史(社会科)ってなんのために勉強するの?」という質問に直面する機会がとても多くなりました。この質問に対する答えは人によって様々だと思いますが、私は「歴史を学ぶことで社会の見え方が変わるから」と答えるようにしています。自分なりに思いきり歴史学に取り組んだ!と言える2年間があったからこそ、当たり前だと思っていた世の中の様々な事象を「これはどうしてこうなっているんだろう」という視点で見ることができるようになった、私自身の変化がありました。これからも教師として歴史を学び続けていきますので、冒頭の質問に対する答えは今後変わっていくのだと思います。それを考えるのも、また楽しみです。

今後の目標・夢

学校現場にはいろいろな科目担当の先生がいらっしゃいます。その中で度々「何の役に立つのか」と問われがちな、いわゆる実学と比べられがちな社会科・歴史学の担当として、「学んで良かった」「もっと学んでみたい」と思えるような授業を展開することが今後の目標です。授業を通して生徒の社会に対する新たな視点や考え方を開拓し、一人ひとりの可能性を広げられるような教師になりたいと思っています。

後輩のみなさんへのメッセージ

文学研究院の先生方は本当に多くの「引き出し」をお持ちなので、学生の「こんなことを知りたい」「こんなことを試してみたい」という思いに、あらゆる方向から温かくサポートをしてくださいます。尊敬できる先生方のもと、大学院で2年間ひたすらに自分の考えを突き詰めていく経験は、きっと人生に大きな自信をもたらしてくれるはずです

また、緑豊かで広大なキャンパス、学生の出身地や所属学部の多様性、それに私のような本州出身者にとっては驚きの連続であったアイヌの存在や北海道独特の地形・気候など、北大でなければ得られなかった経験は研究以外の部分でも数多くありました。

人・場所・物事の見方や考え方・新たな価値観など、大学院で様々なものに出会うことはきっと楽しいですよ。もし迷っているようなら、一度飛び込んでみることをおすすめします。

(2021年8月取材)