学芸リカプロ受講生レポート実践研究1「文化拠点とまちづくり」8/19 小篠隆生氏の講義レポート

文化拠点とまちづくり
講師: 小篠 隆生 氏(北海道大学大学院工学研究院 准教授)

拠点づくりと広義の“デザイン” ―小篠隆生氏「文化施設とまちづくり」より―

 片山 静香(ソーゴー印刷株式会社 クナウマガジン)

イタリアの小さな地区に誕生した文化拠点。中庭があり、レストランがあり、情報が集積するライブラリーがある。住民は自宅の延長上のような感覚でそこに集い、団らんする。BARの文化が根づくイタリアに公共の庭を作ることは、まちの住みやすさの向上にポジティブな影響を及ぼしたそうです。小篠氏が紹介する事例の数々は、国による文化の違いはあれど、日本の地方都市のまちづくりへのヒントが詰まっていました。

何かの施設が完成すれば、建物自体の美しさや目新しさ、最新の設備などに目が向いてしまいがちです。しかし実はその前段階、徹底的に住民へのヒアリングを行い関係構築すること、施設オープン後の使い手のニーズに応える姿勢を見せるということの大切さが、講義の中では述べられていました。小篠氏は、拠点を作る自治体、知恵を出す有識者、利用する住民、利用しない住民、さまざまな立場の人々に対して、「枠を外してお膳立てしてあげる」という表現をされていました。大勢の人が携わるプロジェクトでは、理想とするイメージがありながらいつしか道を逸れてしまうことが少なくありません。走りながら変化していくことは悪いことではありませんが、最初に掲げた目的を実現するためには、小篠氏のような船頭が果たす役割は大きいことでしょう。

「『何をデザインするのか』という段階から考える」。小篠氏は建築家でありますが、その仕事は建物をデザインするだけではありません。それどころか、講義で紹介された砂川市の事例では、まちを一つのチームのように見立て、一体としてプロジェクトを遂行されているように感じられました。使われてこそ、活動が続いてこその文化拠点です。関わる人を置き去りにしない、心ある拠点づくりへの姿勢。企業や公共施設のチームビルディングも、氏の言葉を借りれば「広義の“デザイン”」と言えるはずです。立場の垣根を取り払い、仕事の垣根も取り払う。容易ではありませんが、ほんとうに良いものを生み出したいと思うとき、この考えがきっと活きてくるのでしょう。

野田 佳奈子(北海道立帯広美術館)

今回は、北海道大学大学院工学研究院准教授の小篠隆生氏より、「文化拠点とまちづくり」についてご講演いただきました。小篠氏は、イタリア・トリノ市や砂川市におけるまちづくりなどに、これまで携わってこられました。本講義では、その具体的な実例をご紹介いただくとともに、文化拠点が地域経営のデザイン・マネジメントといかに関わりを持ち得るのか、お話しいただきました。

小篠氏は、人口減少や経済力の衰退といった問題を抱える地域において、従来の公共施設やまちづくりの在り方は、その社会構造の変化やニーズの多様化に追従出来なくなっていると指摘します。ご紹介いただいたトリノ市や砂川市の事例は、地域課題を解消するための場として文化施設を活用し、まちづくりの拠点としていくというものでした。まず何をすべきかというところから考え、人々に開かれた場所を設計する。そのプロセスや、その後の活動を通じて、多くの住民や事業主、地権者などが関わり合い、問題意識を共有しあうことにより、“市民の場”として活用される空間が生み出されると、小篠氏は言います。コミュニティを持続し、地域の問題に向き合い続けるためには、ハードウェアとしての施設、そしてそこを活かすソフトウェアとしての人材・組織の在りようが重要だといえます。

講義を通じ、文化施設は従来の機能を果たすだけでなく、いかに地域と向き合えるのかが問われていると感じました。各々の専門性を大事にしつつ、様々な機関や団体と手を取り合う必要があると、改めて意識する機会となりました。

 

文化拠点とまちづくり~イタリア・トリノと砂川市の事例から

矢野 ひろ(株式会社ノーザンクロス(NPO法人北海道遺産協議会事務局))

本講義では、都市計画、都市設計、建築計画が専門で、国内外のアーバンデザインの調査・研究を続けられるとともに、砂川市地域交流センター「ゆう」の施設運営マネジメント、東川町複合交流施設「せんとぴゅあ」の計画・設計監修にかかわられた、北海道大学大学院工学研究院准教授・小篠隆生氏から、地域における文化施設とまちづくりについてお話しいただきました。

近年、地域の美術館や博物館をはじめとする文化施設は、専門的な資料の収集や保管、研究に関する活動だけでなく、地域の交流や公共的な機能を併せ持つ地域の拠点としての役割を期待されています。それは、人口減少などで変化する地域の現状に合わせた地域マネジメントをするうえで、公共的機能の集約が求められているからです。

イタリア・トリノでは、そうした現状を踏まえ、地域住民が運営し、文化創造やコミュニティ支援拠点としての役割をもつ「地区の家」や、行政が運営し、社会的包摂の一環としての役割を期待された、「屋根のある広場」と呼ばれる図書館が設置されているそうです。いずれも、開かれた広場空間を持ち、市民による多様な文化活動が行われ、参加型の地域活性化がうまれています。これらの施設は、課題を持った市民の居場所となることもあり、職員は学芸的な知識だけでなく様々な来訪者に応対できるスキルが必要とされるそうです。

日本での事例としては、砂川市地域交流センター「ゆう」をご紹介いただきました。
「ゆう」は、計画当初から、文化団体等を中心とした市民の利用者が、施設運営とマネジメントの議論に積極的に参加し、NPO法人による指定管理、収益事業での団体の自立運営を実現しています。市民発案の多彩なイベントが実施されており、そうした取組から自然に子どもたちへの文化活動の継承が行われています。

開かれた文化拠点は地域活性化の拠点でもあります。地域での施設の位置づけや求められている機能について、住民と議論し共有しながら、施設整備・運営計画のデザインマネジメントをしていくことが大切であると感じました。