学芸リカプロ受講生レポート講義4-3「博物館美術館の倫理」7/15 貝塚健氏の講義レポート

博物館・美術館の倫理
講師: 貝塚 健 氏
(石橋財団アーティゾン美術館 [旧ブリジストン美術館]教育普及部長)

中島 香矢

貝塚健氏は全国美術館会議から出された「美術館の原則と美術館関係者の行動指針」(以下「原則と行動指針」)の作成に尽力されました。今回の講義では、合意に至るまでの20年の歩みや背景、博物館・美術館の倫理についてお話いただきました。

貝塚氏は美術館(博物館)を「人間とは何か、人間が何を感じ、何を考えてきたのかを、誰でもその人なりに読み解くことができ、また、いつでも読み直しする場所を提供する装置である」と定義されます。**「原則と行動指針」をまとめる動きは、1997年に中山公男氏を中心に博物館法検討委員会が設置されたことに始まりますが、2000年に出された「博物館法検討委員会中間報告・美術館基準案」は反発を受け、同委員会は解散します。反対意見は「こういうものがあると縛られて美術館活動の支障になる」「常識や当たり前なことの羅列で意味がない」「今まで無くても困らなかったからいらない」などでした。

一方で、社会全体には医療倫理、環境倫理、経営倫理など、応用倫理学の拡がりと深まりが見られました。企業も基本理念と行動指針を発信します。日本図書館協会は「図書館の自由に関する宣言」(1954年)を出し、日本動物園水族館協会倫理福祉規定(1988年)が制定され、ICOM職業倫理規定の改訂もあり(2004年)、「博物館の原則」と「博物館関係者の行動規範」(2012年)が出されます。そのような流れの中で、2011年の全国美術館会議の理事会で、再び美術館倫理規定について話し合われ、翌年には美術館運営制度研究部会が検討を始めます。そして、2017年の総会で「原則と行動指針」が採択されました。

「原則と行動指針」がなぜ必要か、貝塚氏は以下のことを挙げられます。

  1. 自分達のことは自分達で決めよう。
  2. 社会に対し、自分達のことを自分の言葉で語れないのは恥ずかしい。
  3. 社会に対して品質保証を示そう。
  4. 「開かれた美術館・博物館」の意味を真剣に考えてみよう。
  5. 専門職としての誇りは持っても良いが、驕りは捨てよう。         

そして、法令や館の理念と同様に、館種別の倫理規定や行動規範が重要であることを示されました。

その後、博物館や美術館で起こり得る課題についてのグループワークを行い、複数の解決策の中でどれを選ぶのか、その他の可能性も考えました。その時々の状況で選択肢は変わりますが、ある時点で何らかの決断はなされなければならず、その結果を踏まえて次の決断を行うことを繰り返し、諦めずに考え続けることの大切さを学びました。長い年月をかけて「原則と行動指針」が生み出された過程、そのものに美術館関係者の行動指針が表れているように思いました。

*全国美術館会議発行 2017年12月25日 
**貝塚健「阪神大震災と全国美術館会議―震災体験と美術館活動」『阪神大震災美術館・博物館総合調査 報告Ⅱ』 全国美術館会議 1996年5月

ことばで示された美術館関係者の「拠り所」

磯崎 亜矢子(小樽芸術村)

2017年、全国美術館会議で採択された「美術館の原則と美術館関係者の行動指針」の作成に携わった貝塚氏より、採択までの経緯や、美術館の倫理・行動基準の必要性についてお話をいただきました。

かつて日本の博物館・美術館においては、倉田公裕・矢島國雄が指摘したように、学芸員の倫理への関心や、専門職としての自主性や社会に対する内在的責任の意識が低い状況がありました。全国美術館会議では、1997年に設置された博物館法検討委員会が設置され、2000年に「原則と指針」の原型となる「中間報告:美術館基準(案)」が発表されますが、「倫理」や「規範」に拒絶反応を示す美術館人もいて、委員会は解散となります。

一方、美術館界の外では、20世紀後半から、生命倫理学や環境倫理学、経営倫理学などの応用倫理学が発展、深化していきます。美術館に隣接する領域でも、図書館協会が1954年に「図書館の自由に関する宣言」を、動物園や水族館では「日本動物園水族館協会倫理福祉規定」が1988年に制定・施行されました。全国美術館会議でも、2012年に「美術館倫理規定」に係る具体的な検討が始まり、2017年に「原則と行動指針」が採択されました。

館種別の倫理・行動規範は、法令で定められたしくみ、各館の理念とともに、ことばで示される必要があります。美術館のあり方や美術館へのかかわり方が多様になった現代では、具体的な行動や考え方の方向性を関係者全体で共有していかなければならないからです。

後半のグループワークでは、2つの課題について話し合いました。美術館や博物館で実際に起こりうるケースについて他者と共同で考えることを通じて、学芸員として何らかの判断をしなければならないとき、「行動指針」は拠り所になるものだと実感しました。

『原則と指針」を、勤務先の美術館の関係者全体で共有していくにはどうしたらよいかが、私にとっての現在の課題です。