【学芸リカプロ】「企画展スキル(3)マーケティング来館者開発」10/29 伸光氏の講義レポート

マーケティングと来館者開発
講師:林 伸光氏(兵庫県立芸術文化センター ゼネラルマネージャー)

小樽芸術村:佐藤 いず帆

本講義では兵庫県立芸術文化センターでゼネラルマネージャーをされている、林 伸光氏より文化施設のマーケティング戦略についてのお話を伺いました。同施設は阪神・淡路大震災発生からちょうど10年目に「心の復興」をシンボルとしてオープンし、主にオペラやコンサートの公演を行っている文化施設です。大ホール、中ホール、小ホールの3つから成り立ちますが、全てのホールが年間稼働率94%以上、年間講演・イベント数は約800回、総観客数50万人以上、利用者総数は80万人と日本有数の文化ホールでもあります。

その運営戦略を林氏は「限られた予算の中で、最大限に期待感を持った顧客で客席を埋め尽くし、自己収益比率を高め、自主事業数を確保する」ことだと述べられました。これはつまり、黒字になれば行政との軋轢も生まれず、自分達の希望する運営ができる。それは顧客の潜在的なニーズを把握し、魅力的で質の高いサービスを提供することにも繋がる為、結果的に顧客満足度に繋がるのだと考えます。

具体的には同施設は「劇場はみんなの広場」をコンセプトに掲げ、フライヤーに至るまで様々な工夫を凝らしています。中でも私が興味を持ったのは「お茶にする?コンサートにする?ちょっとそこ(芸文)まで」というキャッチコピーのワンコインコンサートです。これはクラシックを身近に楽しんで貰うことを目的としたシリーズですが、入場料500円という手軽さはこれまでに音楽に馴染みのなかった未来の顧客への訴求力が高いと感じます。この事から、自館の顧客層を分析することで未来の顧客になりうる層を分析し、その層をターゲットとした企画展を行うなど、より効果的なアピールをしていく事も今後の学芸員の課題であると感じました。

大澤 夏美

兵庫県立芸術文化センターゼネラルマネージャーの林伸光氏より、講義の前半では兵庫県立芸術文化センターの成り立ちと現状、博物館と文化ホールの相違点、文化施設のマーケティング戦略について学びました。

特に文化施設のマーケティング戦略について「文化施設が市民の潜在的ニーズを把握し、魅力的で質の高いサービスを提供し、賑わいに溢れた施設運営を行うこと」との説明がありました。実際、兵庫県立芸術文化センターの年間稼働状況は、2017年度で大ホール、中ホール、小ホールですべて90%以上となっています。

また、事前の配布資料として垣内 恵美子氏、林氏の『チケットを売り切る劇場 兵庫県立文化センターの軌跡』(水曜社 2012)を拝読したのですが、講義で改めて兵庫県立芸術文化センターの戦略と軌跡を伺うことができ、ここからも、地域を巻き込んだ事業の展開と、潜在的なニーズの掘り下げが必要であるとの認識を確かなものにしました。

講義の後半は、ジェローム・マッカーシー『ベーシック・マーケティング』の「4つのP(Product=製品、Price=価格、Place=流通、Promotion=広報宣伝)」の中でも、Promotionとしてのチラシ制作についてお話してくださいました。その後、北海道立近代美術館学芸員の松山さんよりチラシ制作の現状、大澤より一来館者としてのチラシから受ける印象、についてそれぞれプレゼンテーションを行いました。

林氏はチラシ制作の際のキーコンセプトとして、「音が聞こえてくるチラシ」「方言でコピーを語る」「『額縁広告』にするな」を挙げておられました。なかでも「方言でコピーを語る」において、「大阪弁のチラシを創る」という工夫を紹介しておられました。それは、自分たちの顧客に何を届けたいのかを明確にし、それがチラシの中で表現されているかということにあたります。事例として、東京と兵庫での同一の舞台をそれぞれ2種類のチラシで表現するやり方を紹介しておりました。「チラシも作品の一部」と捉える考え方もありますが、それは既に作品自体にファンが付いている場合には有効です。しかし、初めてその舞台を見る人が多い地域では、チラシの中で舞台の内容を紹介し興味を持ってもらうことが必要です。

ここでも主催する地域や来館者の特徴をつかみ、チラシに反映させることの重要性を再認識しました。それこそがマーケティング戦略の基本に当たり、来館者開発において非常に重要であると考えました。

北海道立近代美術館学芸員の松山さんによるチラシ制作の現状のプレゼン
ミュージアムグッズ愛好家の大澤さんによるチラシから受ける印象についてのプレゼン
おふたりのプレゼンにコメントする林氏

兵庫県立芸術文化センターは阪神・淡路大震災から10年目の2005年10月にオープンしました。震災当時は開館に向けてのすべての事業を中止したとのことでしたが、被災した地域で熱心に実演芸術を実施し、被災者を励まし続けました。これにより、運営側や来館者が文化芸術の重要性を再認識したとのことです。

北海道でも2018年9月6日に発生した北海道胆振東部地震により、多くの被災者が今も復興に向けて歩みを進めています。安平町出身の私は友人やそのご家族が多く被災していることもあり、改めて北海道にある文化施設は被災者のために何ができるのか、兵庫県立芸術文化センターの事例から学ぶことがあるのではないかと考えさせられました。