【学芸リカプロ】「館蔵コレクションをもたない展覧会企画」7/23冨田 章氏の講義レポート

館蔵コレクションをもたない展覧会企画
講師:冨田 章氏(東京ステーションギャラリー 館長)

松山 聖央(北海道立近代美術館)

本講義では、現在、東京ステーションギャラリー(以下TSG)の館長を務める冨田 章氏より、館蔵コレクションを(ほとんど)もたない美術館がどのように展覧会を企画し、実現しているのかということを、具体的な事例を交えながらうかがいました。

まず、TSGでは、企画展の方針として、(1)近代美術の再検証、(2)現代美術への誘い、(3)鉄道・建築・デザインという三本柱を立て、自主企画にせよ、マスコミや企画会社から持ち込まれる企画にせよ、その方針に照らし合わせながら実施する展覧会を決定しています。こうした方針は、もちろん多くの館がもっているはずのものですが、予算や開催時期などの制約により、方針をおざなりにした企画に行き着いていることも少なくなく、反省を迫られるお話でした。

また、三つの方針に加えて、東京駅構内にエントランスがあるという立地の都合上、行列ができるほど混雑する企画はできないが、収益維持のため一定の集客は確保しなければならないという事情もあるとのことでした。これは一見、企画展の可能性を縛る制約に映ります。しかし、TSGではそれを逆手にとって、一般的に人気や知名度の高い作家ではなく、作品や活動の質は高いが美術史に埋もれていた作家の掘り起こしを行ったり(リニューアルオープン展として、岸田 劉生でも萬 鉄五郎でもなく、「木村荘八展」を開催)、有名作家でも、これまでになかった切り口で紹介したりする(シャガールの「彫刻」に焦点を当てた展覧会を開催)など、この制約を、「ニッチ」を狙うという戦略に変え、TSGならではの強みにしているという点が印象に残りました。このほかにも、経営母体であるJR東日本からの要求に屈するのでも、たんに反発するのでもなく、それに応えるかたちで美術館としてもやりたいことを実現していく、企画内容や開催自体が不本意な展覧会も中にはあるが、そういう場合こそ、展示(ディスプレイ)に力を入れる、といったお話があり、日々現場で発生する、必ずしも学芸員の意のままにはならない問題を排除・無視・封印するのではなく、むしろそれを足がかりとして何ができるか、どこまでできるかということを主体的に模索していく姿勢が重要であると感じました。

日本の多くの美術館は、欧米の歴史ある美術館には規模や成立の必然性の点で適わないとはいえ、何らかの方針に沿ったコレクションを収集し、曲がりなりにもそれを拠りどころとして運営されています。そのコレクションをもたないということは、ともすれば一過性のイベントを行うだけの貸しギャラリーに堕してしまいかねない危険性を伴います。しかし、そのことに自覚的になって、上記のように、つねに参照点としての基本方針に立ち戻りながら、自館の性質をよく理解したうえで戦略的な企画展を継続することで、充実したコレクションによって形成される美術館のアイデンティティに匹敵する、あるいはそれ以上の存在感を獲得できるのだということが分かりました。