学芸リカプロ受講生レポート実践研究4「調査研究と展覧会企画」1/20 石沢俊氏の講義レポート

調査研究と展示会企画
講師: 石沢 俊 氏(神戸市立博物館 学芸員)

いかにつくり、伝えるか ~「調査研究と展覧会企画」受講報告~

河村 利穂(札幌市東区民センター)

2016年に神戸市立博物館で開催された展覧会「我が名は鶴亭」を企画・担当した石沢氏に、同展覧会を中心に、巡回展「ボストン美術館の至宝展」や海外展「交融之美 神戸市立博物館精品展」、現在企画進行中の「神戸川崎男爵家コレクション展」についてお話を伺いました。

「鶴亭展」は神戸市立博物館の自主企画展として、「知名度の低い画家の展覧会を興行として成立させる」、「予算や準備期間の制約」など、様々な課題や事情とどのように向き合い企画を実現したか、開催5年前から会期、閉幕までを詳細な映像資料とともにご紹介いただきました。特に所蔵家への借用交渉について、実際の資料を用いたレクチャーがあり、石沢氏のきめ細かな姿勢や熱意、学芸員の日々の仕事の様子を知るまたとない機会となりました。現在学芸員として業務に就いている受講生にとっても、同業者の仕事を微細に見聞する機会というのは有意義だったのではないでしょうか。

所蔵家に出した石沢氏直筆の借用依頼書を披露して説明

当講義では、巡回展、自主企画展、海外展それぞれに予算規模や主催体制等、進め方の相違はあっても、共通して「展覧会はみんなで作るもの」であり、「仲間を作ること、仲間との相互理解に努め心を一つにすること」が重要であると強調されていました。学芸員の専門的な知識や技術だけでなく、コミュニケーション能力、プレゼンテーション、説得力など、積極性や協調性も求められる要素となります。それは職種や職場環境の違いを越えて共感できるところであり、今後目指す姿勢として自分の職場に持ち帰り、日々意識していたいと思います。

美術館・博物館が作品や資料を保存し展示・公開するのは非常にコストの掛かることであり、他館との貸借に係る輸送にはリスクも伴います。所蔵品の安全を考えれば、国宝や重要文化財など大切なものほど秘蔵にしておくことが最も無難であると言えるかもしれません。しかし、それらが展示・公開されることで鑑賞の機会が生まれ、芸術・文化の共有、発展へと繋がっていくとすれば、学芸員は大変重要な社会的使命を果たすべき立場にあると改めて思いました。

「調査研究と展覧会企画」

熊谷 麻美(北海道立釧路芸術館)

神戸市立博物館の事例として、石沢氏が担当した自主企画展「我が名は鶴亭」(2016年、以下「鶴亭展」と表記)、巡回展「ボストン美術館の至宝展」(2017年~2018年、以下「ボストン展」と表記)、海外展「交融之美 神戸市立博物館精品展」(2019年、以下「交融之美展」と表記)について具体的にお話をしていただきました。

「鶴亭展」は石沢氏が実施した約300件の鶴亭作品の調査に基づく鶴亭初の回顧展です。開催の5年前から開始した調査、出品リストや展示プランの作成、所蔵者との交渉、報道関係者への対応など、石沢氏が「鶴亭展」開催を迎えるまでに行ったあらゆる業務について詳細に教えていただきました。共催の新聞社は当初、興行としての成立に懸念があったとのことですが、長崎歴史文化博物館との巡回展とする、図録を新聞社の出版物として売上が新聞社に入る仕組みをつくる、などの工夫をし、対話を重ねることで互いの不安を解消できるよう努めたということです。

「ボストン展」は2013年から各館担当学芸員による会議を重ね、「5年ルール」のため展示が認められない名品が多い中でも「初公開」「里帰り」「数十年ぶりの公開」といった作品がピックアップされました。ボストン美術館側の意向を汲みながらも日本の事情に合わせてアレンジを加えた内容としたといいます。

「交融之美展」は神戸市立博物館がリニューアルのための長期休館中に、台湾・國立故宮博物院南部院区で開催されました。輸出のためにワシントン条約で定められている素材が含まれていないかを確認するなど、日本美術ならではの配慮が必要であったといいます。

いずれの展覧会の話題においても、作品の所蔵者、研究者、展覧会をともに作り上げるマスコミやデザイナーなど、関係を結ぶあらゆる人々と、時には文化の違いを乗り越えながら誠意をもってコミュニケーションを取ることの重要性が強調されました。

調査研究と展覧会-企画の魅力を引き出す

立石 絵梨子(苫小牧市美術博物館)

本講義では、石沢氏がこれまで手がけた展覧会を実例に、調査研究を展覧会へと展開させていくことについてお話しいただきました。

神戸市立博物館が行う展覧会事業は、テレビ局や新聞社との協働による大型の[巡回展]、館蔵品や神戸の歴史を掘り下げる[自主企画展]、館蔵品を紹介する小規模の企画展、そして常設展に区分けされています。それぞれの展示には学芸員の専門性が活かされていますが、中でも[自主企画展]は、担当学芸員が一から企画を行うことのできるものとして、特に日頃の調査研究の成果を反映させることのできるものであるといいます。[自主企画展]として2016年に石沢氏がご担当された特別展「我が名は鶴亭-若冲、大雅も憧れた花鳥画!?」は、企画から実施までにおよそ5年の準備がかけられたものでした。

展覧会としての実施までには様々な課題もありました。展覧会のテーマである“鶴亭”は、近世絵画史における重要な人物であるにも関わらず、一般にはあまり知られていないため、展覧会を興行として成立しうるための企画力が必要です。入念な準備や時間をかけた出品交渉への課題には、複数年度の博物館予算の要求や、外部からの研究費の獲得によって取り組まれました。小規模の企画展や論文執筆などの成果を積み重ねていきながら、企画を固められていった背景には、そこになによりも石沢氏の作品の魅力に対する強い確信があり、その確信が展覧会への様々な協力の原動力になったのだと感じました。

入念な準備のもと作成された展示品の管理リスト

講義では、この他に海外の美術館や新聞社の事業部と連携した巡回展「ボストン美術館の至宝展」(2017-18)や館蔵品を海外で紹介する「交融之美 神戸市立博物館精品展」(2019、台湾・國立故宮博物院南部院区)の実施までのプロセスや現在準備中の企画についてのご紹介もありました。

今回の講義では、展覧会の意義や課題に対して常に自覚的であること、そしてチーム力で課題に取り組まれることが重要なものとしてお示しいただいたと感じます。

「企画展示の配慮と意義」

伊藤 宏介

本講義では、神戸市立博物館学芸員の石沢俊氏に「調査研究と展覧会企画」というテーマでお話しいただきました。神戸市立博物館が開催した巡回展や台湾での交流展、企画中の展示のお話などをしていただきましたが、「自主企画展」の事例として、石沢氏が担当した『我が名は鶴亭』(2016年)の事に絞ってレポートしたいと思います。

企画のきっかけは、前任者の先行研究と思いを受け継ぐという気持ち、過熱する伊藤若冲ブームの一方で、若冲にも影響を与えたという鶴亭が世間に露出できてない違和感、そして何より、神戸市立博物館が所蔵する彼の代表作「牡丹綬帯鳥図」の美しさ、かっこよさに心惹かれた事などが大きな要因になったと言います。ほとんど知られていない鶴亭の展覧会を開くにあたり、広報戦略をどのように進めるか、ひとつはその5年前に開催した『若芝と鶴亭』展での余剰予算で作った小冊子が、鶴亭作品を知ってもらう宣伝の一端を担いました。そして展示する作品選びでも、初公開の作品、絶筆の展示、離ればなれになっていた対幅を再会させるなど、トピックを作ることにも意識されました。そして、展示を実現させるために最も重要なことが、理解ある協力者を見つけるということ。協力を得るために、魅力ある企画書や分かりやすい予算の提示、作品の借用交渉でも依頼作品を展示する意義から、しっかりとこちらの想いを伝える。様々な人との連携には信頼すること、されることが大切であると強く感じました。会場設営では限られた条件の中で、ストーリーある展示構成、作品をより良く見せるための動線の一考など、隅々まで配慮が行き渡っています。

散逸した日本の美術品や、埋没していく数々の名品を展覧会として形にしていくこと。そのための日頃の調査研究、日本の博物史、美術史を見つめ直しながら伝えていく取り組み自体に意義があると知りました。

「調査研究と展覧会企画 ―どのように展覧会を作り上げていくか―」

坂本 真惟(札幌芸術の森美術館)

本講義では、神戸市博物館の石沢俊氏より「調査研究と展覧会企画」というテーマで、ご自身が担当された展覧会を例に、日ごろの研究の成果を展覧会の形にしていく過程をご紹介いただきました。

マスコミなどと実行委員会形式で行う巡回展は、その広報力や規模の大きさから多くの来館者が訪れますが、自館のコレクションを用いた自主企画展となると、残念ながらそこまでの収益が見込めないということは多くの美術館が抱える現状です。石沢氏が初めて手掛けられた自主企画展「我が名は鶴亭」は、計画的な調査・研究、思いを共にするチーム作りなどによって、そのような状況を乗り越えた展覧会だったと感じました。思い描く展覧会の実現のために何が足りていないのかを見極めて、一つ一つを着実に解決していく。その過程でこれまでの展覧会運営において築いた各所との信頼関係が大きな力となっていました。

台湾での巡回展「交融之美展」の準備において協同作業をする現地スタッフとともに

巡回展や海外展においても、チーム作りは重要であると石沢氏は言います。海外とのやりとりでは言葉の壁や文化の違いといった特有の問題が生じますが、よりよい展覧会に向けて時間や場を共有することによってチームが一丸となっていました。そしてそれは1回きりの関係ではなく、その後にも生かされていきます。展覧会を作る側である各分野のプロフェッショナルが楽しみながら切磋琢磨していく姿勢は、魅力的な展覧会の実現に欠かせないのではないかと感じました。

調査研究を行う上で、石沢氏が獲得した助成金について解説

また特に公立館では長期にわたる調査・研究に予算がとれないという問題も生じています。石沢氏は個人で助成金を獲得するなどして克服されていましたが、継続した研究のための環境作りが日本の博物館における恒常的な課題となっていました。調査・研究をもとに成り立つ博物館の活動を持続させるには、理想と現実の両方に目を向け、さまざまな機関や関係者と協力関係を築く必要があると、改めて意識する機会となりました。