プロフィール
横山 実紀 さん(NTT株式会社 社会情報研究所/コミュニケーション科学基礎研究所勤務)
静岡県沼津市出身。静岡県立沼津東高等学校卒業後、2013年北海道大学文学部に入学。2017年に卒業後、北海道大学大学院文学研究科修士課程に進学、修了後2019年に大学院文学院博士後期課程に進学。人間科学専攻・行動科学研究室にて社会課題における公正で納得できる合意形成プロセスを研究。2022年3月に博士(人間科学)を取得。修了後、NTT株式会社に就職。社会情報研究所にてWell-being研究プロジェクトに携わるとともに、コミュニケーション科学基礎研究所研究員も兼務している。
北大文学院(文学研究科)を選んだ理由
普段なかなか言葉にしない価値や立場などの背景の違いからすれ違いが生じてしまう人や集団に関心があり、社会心理学が学べる北海道大学の行動科学講座を志望し、進学しました。
進学後、東日本大震災の復興支援に関連した活動に携わる機会があり、学部2年生の終わり頃に、宮城県や福島県を訪れました。その際、放射性物質の付着した廃棄物の袋が道路わきなどに積まれている状況を目の当たりにしました。
「社会」として合意する必要がある問題があることを実感したことをきっかけに、それまで漠然としていた関心がだんだんと明確になり、合意困難な社会課題にまつわる公正な決定プロセスを研究できる大沼進教授のゼミを志望し、博士課程修了まで大沼教授の下で研究をしていました。
大学院ではどんな研究を
大学院では、「社会的な必要性は認められるものの、自分の家の近くに来てほしくない」忌避施設の立地問題における、公正な合意形成プロセスを研究していました。自身が大沼進教授のゼミを志望するきっかけとなった放射性廃棄物の処分地選定問題は、そのような問題の一例でもあります。このような問題では、利害関係者が考慮すべき点を明確にする議論をし、一般市民の観点から多様な論点を評価する、段階的な合意形成が必要であるとされています。しかし、処分候補地が決まっている状態で行っても、決め方や決定に納得できないこともあります。そこで、誰もが負担を引き受ける可能性がある状態で、どのように決めればよいのか、という決め方について議論することが、人々が公正で納得できるプロセスなのではないかということを研究していました。
博士後期課程への進学理由
学部4年生あたりから、忌避施設の立地問題のような、科学的な側面だけではなく、社会・倫理的な側面も含めて考慮する必要がある問題において、社会心理学の観点からアプローチできるような仕事がしたいと考えるようになりました。
そのような仕事をする上で、進学をするのか、就職をするのか、自分の進路を真剣に考えたいと思い、修士課程1年の時に会社訪問をしました。その時に専門知識がある人として仕事をしていくには、専門性やそれを活かす実行力など、様々な力が圧倒的に足りていないことを痛感しました。自身とは背景が違う人たち、例えば理系分野の人の中で仕事をすることを想定した際に、自身の専門性をもって自律して働くためには、大学院でまだたくさん学ぶべきことがあると感じ、博士後期課程に進学しようと思いました。
大学院に進学してよかったですか
はい。
文学部の同期の多くは学部卒で就職していました。所属していた行動科学研究室では、修士修了後に就職する先輩も少なくありませんでした。進路に迷いがあったため学部3年生の頃は就職を見据えたインターン活動を行いましたが、研究活動を行う中で、もっと学びたい気持ちの方が強かったと思います。
大学院進学後には、同じ研究室に所属する大学院生とディスカッションを日々行い、TAや実験をしながら論文を書くなど、充実した日々を送っていました。さらに、海外の研究者とお話しする機会など、専門的な知識を磨く機会が多々ありました。これらの日々を通して、専門知識だけではなく、研究活動全体を進めるための様々なノウハウを学ぶことができました。今も研究員として働いており、専門家としてはまだまだ成長途中ですが、異なる専門の人とともに社会に近いところで研究できているのは、大学院の時のあらゆる経験が自分の支えとなっているおかげです。
在学中大変だったことは
博士後期課程後の就職など、先が見えない不安はありました。博士課程2年の時、新型コロナウイルス(COVID-19)による緊急事態宣言もあり、参加を予定していた学会も中止になり、大学に入るのも制限がかかっている状況でした。そもそも自分の専門性をどう活かすのか、将来具体的にどのような働き方・キャリアを歩みたいのかということについて、あわただしい研究活動の中でゆっくり向き合うことの難しさに加え、周りの状況も見えず、情報が入りづらいという不安も重なったことは大変でした。
修了後から現職への道のり
博士後期課程1年生~2年生頃に、修了後のキャリアやライフプランを意識し始めました。この先、何を研究し、どこでどのような貢献をしたいのか、そのためにはどのようなキャリア選択があり得るのかを考えたいと思った矢先の、緊急事態宣言でした。
家で頭を抱えていても仕方がない、とにかく踏み出して情報収集せねばと思い、博士課程2年生の6月頃に、Hi-Systemという北海道大学の若手研究者と企業が交流するためWEBサイトに登録をしました。そこでは、様々な講義や講演会に申し込みができ、私は東北大学と合同開催していたキャリアデザインの講義に申し込みをしました。その申し込みを見た、当時の人材育成本部(現在の先端人材育成センター)の教員から、「面談をしませんか」と連絡をいただいたことが、就職活動の転機となりました。
人材育成本部では、博士後期課程の学生と企業の方々が直接交流できる「赤い糸会」を開催していました。赤い糸会に参加する中でNTT株式会社の方と出会いました。お話をする中でNTTの研究所では、アカデミックな研究活動と研究成果を社会実装する活動を併せ持ち、なおかつ文系分野の研究者も多く活躍している様子に興味を抱き、採用試験を受けました。
幸いにも博士課程3年生になる前には内定の連絡をいただきましたが、大きな会社に就職して本当に自分の専門性を生かして働けるのか、学術界ではなく企業就職で後悔しないか、漠然とした不安から少し迷いがありました。そんな中、担当の方が電話をかけてきてくださり、入社後の研究活動について具体例を交えてお話ししてくださいました。具体的に働くイメージがわいたことや、改めて自分のキャリアを考えたときの気持ちを思い出し、入社の意思を固めました。
現在の仕事・研究内容
現在は、「Social Well-being」という、個人の自律と集団の調和が利他的に共存する社会の実現を目指し、持続的な対話の場のあり方や介入方法を検討しています。
本務先の社会情報研究所では、教育や職場などでウェルビーイングの考え方を具体的に取り入れることについて、中学校でワークショップや説明会を行うなど、社会の中で実現することに軸足を置いた研究を行っています。

もう一つの職場であるコミュニケーション科学基礎研究所では、科研費に応募・獲得しながら、実験室での実験など、理論的な検証に軸足を置いた研究を行っています。

大学院で学んだことは今の仕事に役立っていますか
あらゆる面で役立っていると思います。実験の進め方や論文の書き方など、研究を組み立て、実行し、形にしていくプロセスを反復して身に着けていくことができたことは、今の研究活動の中でも直接的に役立っています。しかしそれだけではなく、研究活動を取り巻くあらゆることを、大学院の在籍中に学ぶことができたと日々実感しています。とくに大沼教授のゼミでは、自治体の方など研究者以外の方ともお話しし、連携した研究活動を行うこともあり、その時の経験を思い出しながら業務にあたることも多々あります。
今後の目標と夢
社会課題解決を見据えた研究と社会への展開を実践できる研究者になりたいです。研究内容は、忌避施設から、ウェルビーイングというテーマに変わったものの、そこには変わらず、誰もが自分にとって大切な価値を尊重し合いながら、皆が納得して集団としてもよい状態であれたらという気持ちがあります。とくに今の環境は、社会実装といった展開も含めて実現できる可能性に満ちています。さらに、自分とは専門が異なる方が数多くいらっしゃるので、ワクワクするような学際研究にも取り組みたいです。
これから進学する皆さんへのメッセージ
北海道大学は、研究環境や、様々な学生支援、先生方や学友、すべてが充実していて、これほどチャレンジを後押ししてくれる環境はないと思います。ハイレベルが求められることもあり、ときに苦しさを感じることもあるかもしれませんが、その中で粘り強く過ごしてきた経験は、研究としても研究以外の形でも大きな力になってくれます。進学を悩んでいる人は、ぜひ周りにいる人にも相談してみてください。きっと、考えるきっかけをたくさんくれると思います。
(2025年8月取材)