第36回北大人文学カフェ

見ている世界は本当にそのままか?
錯視から考える知覚の不思議

「百聞は一見に如かず」とよく言いますが、自分の目で見たものは本当に「正しい」のでしょうか?私たちは自分達を取り巻く世界に関する情報の多くを視覚から得ており、見ている世界が正しいものだと無意識のうちに信じがちです。しかし、実際には見えているものが現実を正確に反映しているとは限りません。そのことを端的に表しているのが錯視(視覚の錯覚)です。錯視は「脳が騙される」といった表現で紹介されることもありますが、私たちの研究では錯視はむしろ目と脳が行っている賢い情報処理の正当な結果だと考えています。このカフェでは当研究室での研究を中心にさまざまな錯視を紹介しながら、錯視から「見ること」に関してどんなことがわかるのか、何を明らかにしようとしているのか、そうしたことを一緒に考えていきたいと思います。

今回のファシリテーター:
周 宇暉さん
北海道大学 大学院文学院 博士後期課程(心理学研究室)


イベント開催日
2025年12月06日
会場
北海道大学 文系共同講義棟6番教室
話し手
金子 沙永(かねこ さえ)
北海道大学大学院文学研究院 心理学研究室 准教授

プロフィール

※プロフィールは人文学カフェ開催当時のものです。

はじめに

北海道大学文学研究院の心理学研究室で准教授を務めております金子沙永です。こういう感じの顔をしています。

逆さまの写真(左)を回転すると、右写真のようになる

これはサッチャー錯視という錯覚です。目と口を切り取って上下逆さまに貼り付けているのですが、顔全体が逆さだと顔のパーツの配置がおかしなことに気がつかないという現象です。

本日のお話の内容ですが、前半は知覚心理学、特に錯視の研究について、「錯覚の研究にはどんな意味があるのか」や「どんな錯覚があるのか」を紹介していきます。

そして後半は、私たちの研究室でどんなことをやっているかを、実例なども含めて紹介していきたいと思います。

知覚心理学と錯視研究

心理学と聞くと、皆さんはおそらく「心の病」の話や「性格検査」といったことを思い浮かべることが多いかと思います。

しかし、「知覚」も心の大事な一部であるというのが本日のメッセージの一つです。心とは何か、というのは心理学者でもなかなか答えられないかもしれませんが、私たちの中にあり、外から見えないプロセス全てと考えると、よくあるパーソナリティや感情といったテーマと同じくらい、私たちの知覚も心の大事な一部です。

そもそも、感覚・知覚とは何でしょうか?

私たちは世界の中に存在していますが、感覚・知覚がなければ、この体の中に閉じ込められた存在でしかありません 。周りに何があるかを知るには、見たり、聞いたり、触ったりといった感覚を使わなければなりません。

私たちはこうした感覚を通じて、周りに何があるのかを理解できます。例えば、「誰かがカレーを食べている匂いがする」とか、「そこに赤い服を着た人がいる」といったことです。

私たちは知覚を通して世界を見たり聞いたりしていますが、私たちが知覚していると思っている世界は、実は外にある世界と必ずしもイコールではありません。私たちの感覚という窓を通して見ていることによって、時には少し違うものが知覚されてしまうという現象があります。これが錯覚という現象です。

本日のテーマである「錯覚」とは何かというのは実はかなり難しい問題です。多くの人が賛成できる定義としては、「物理的に確認できる正解とは異なるように知覚が生じる現象」を指します。日常的には「あそこにいる人を私のお父さんと錯覚した」というような、見間違いや、存在しないものが見えてしまうといったことは、基本的には錯覚には含まれません。そして、その錯覚の中でも、特に視覚に関するものを錯視と呼んでいます。

錯視で最も有名なものが、幾何学的錯視と呼ばれる、図形を組み合わせたものです。

左側の図形はポッゲンドルフ錯視と言われるものです。長方形に斜め線の一部が隠されている図形が二つ並んでいます。長方形の左と右で線が繋がっているものと繋がっていないものがあります。多くの人は、左側の斜め線が繋がっているように見えると思いますが、実は繋がっているのは右側です。こんな単純な図形でも違って見えます。これはシンプルですが、とても効果が強いので好きな錯視のひとつです。

右側の図形はジャストロー錯視です。バームクーヘンの切れ端のような形が2つ並んでいます。下の方が大きく見えると思いますが、重ねると実は同じ大きさです。

こうして名前がついて研究されている錯視ですが、そもそもなぜ研究するのでしょうか? 錯視を研究することに、どのような意義があるのでしょうか?

それは、「エラー」を調べることで、私たちが普段気づいていない「ルール」が見えてくるからです。

このことを、自動販売機の例で考えてみましょう。

自動販売機は、例えば500円玉を入れると「500円分の飲み物が買える」と認識してくれます。丸くて平たいからといってボタンなどを入れたら、「これはお金ではないので使えませんよ」と出てきてしまうか、悪くすると故障してしまうでしょう。

つまり、自動販売機は賢いことを内部でやっていて、入れたものが500円玉なのか100円玉なのかを識別できるようになっているわけです。なにかうまい具合に識別できる仕組みがあるわけです。その仕組みを知りたい場合、どうしたらいいでしょうか?

実際にあった事件の話ですが、誰かが悪いことをして、裏を少し削った穴だらけの500ウォン玉を入れたら、それが500円として使えてしまうことがありました。これは「エラー」です。

しかし、このエラーを考えることで、自動販売機がどうやってお金を見分けているのかルールが分かります。

軽くして500円玉みたいに作ってあるものが500円として認識されてしまったということは、重さが大事らしい。こんなに穴だらけなのに500円玉と認識されたということは、見た目はあまり関係ないだろう。といった見分けるルールが仮説として考えられます。

このように、エラーがどういう時に起きたのかを考えることで、普段どうやってその仕組みが成り立っているのかを理解することができます。この理屈で、私たちは錯覚を調べています。

そもそもエラーが起きないように自動販売機がお金を誤認識しないように作るべきでは、と考えるかもしれません。

しかし、冷静に考えると、自動販売機に入れられる可能性のあるものは、日本のお金かもしれないし、ただの平たい金属片かもしれないし、外国のお金かもしれない、といった具合に、無限の可能性を考えていたらキリがありません。多分、お金を入れてから使えるようになるのに何分もかかってしまい、現実的ではないでしょう。

それと同じように、私たちも、目に入る全ての情報を無限の可能性を考えて処理するのは、時間もコストもかかります。だから、ほとんどの場合で問題がないようにショートカットをしているのです。

例えば、自動販売機に入ってくるものは「全部日本のお金である」という前提を作ってしまえば、無限の可能性から5種類くらいに絞れます。

私たちの視覚も同じようなことをしています。しかし、そこで、例えば「穴を開けた外国のお金」のような、意地悪な入力、想定外の入力があると、エラーを起こしてしまいます。

このルールは決してダメなわけではなく、ほとんどの場合で、すごく短時間かつ低コストで処理できるメリットがある。つまり、私たちの視覚は、うまくできているということです。

ここからはいろんな錯覚から、どんな視覚のルールが分かるのかを考えていきたいと思います。

まず、ホロウマスク錯視と呼ばれる錯覚を紹介します。

この画像は、お面の内側のような形、すなわち鼻がへこんでいるものですが、写真を見ると普通の、鼻が手前に飛び出した顔に見えるのではないでしょうか。へこんでいる顔は、私たちが普段生きていてほとんど見たことがないものです。顔というのは基本、鼻が外に向かって飛び出しています。ですから、たとえ触って「これはへこんでいる」と分かっていたとしても、やはり普通の顔に見えてしまいます。動画の中で鼻が飛び出しているように見えるマスクがくるっと回ると、思っていた形状と違ったことがわかり、見た目が突然変な感じになります。ちなみに、動画の解説者はとても有名な心理学者で、このマスクは特注して自分の顔でつくったものです。

この錯視から分かることは、私たちは「よくありそうな形が見えやすい」ようにできているということです。つまり、「顔には飛び出した鼻がある」というルールから、私がへこんだ鼻のマスクを持っていたとしても、皆さんにはそれが見えないようになっているということです。

次に、ホロウマスク錯視と似た理屈を持つリバース・パースペクティブという錯視モデルを持ってきました。

錯視モデルを見せながら解説する金子先生

黄色とピンクの建物のように見えるものが、左右に動かすと、自分に向かってついてくるような感じに見えませんか? この建物のように見えるものが、いつまでたっても自分に向かってついてくるというのがこの錯視です。

実は、飛び出して見えるようにできている部分がへこんでいて、へこんでいるように見える部分が飛び出すようになっています。このため、自分が予測しているのと違う方向に動いて見えるので、とても変な感じがします。かなり近くまで近づかないとタネに気がつきません。

続いて、ハイブリッド画像の例です。
〔画像出典: http://olivalab.mit.edu/hybrid_gallery/monroe_einstein.html

今、画面に2つの画像が並んでいますが、同じものです。こちらの人物はご存知でしょうか。おそらく、アインシュタインの顔が見えている人がほとんどではないでしょうか?

この2つは全く同じ画像ですが、右側だけ小さくしてみます。

そうすると、マリリン・モンローの顔が浮き出てきたのではないでしょうか?

これは、MITのオリバ先生という方が作られたもので 、タネとしては、とてもぼやけたマリリン・モンローの画像と、輪郭だけのアインシュタインの画像を重ねて作ってあります。

解説図出典: https://www.newscientist.com/article/mg19325971-600-hybrid-images-now-you-see-them/ (NewScientist)

ぼやけたマリリン・モンローは、粗い模様、すなわち低空間周波数成分だけが含まれています。輪郭だけのアインシュタインは、細かい模様、すなわち高空間周波数成分だけが含まれています。これをミックスすると、距離によって、あるいは大きさによって、見えやすい方が変わります。ここから見えてくるルールは、私たちには「模様が細かすぎても粗すぎても見えづらく、最も見えやすい模様の細かさがある」ということです。そのため、近寄ったり離れたりすると、同じ画像でも見えるものが変わってくるのです。

続いて、あいまい運動と呼ばれるものです。

青い丸が、2つ同時に出て、それが少し違う場所に出てきます。

これは、「縦に動いているように見える場合」と「横に動いているように見える場合」があると思いますが、いかがでしょうか?おそらく、縦に動いているように見える人の方が多いのではないかと思います。

この下半分を隠すと、横に動いているように見えますよね。これはそうとしか見えないからです。この後、さっきと同じものを見せると、さっき縦に見えていた人も、横に見えるようになったのではないでしょうか?

今度は右半分を隠すと、片方しか見えないので縦に見えると思いますが、この後、同じものをまた見せると、縦に見えるようになったのではないでしょうか?

これは、結局どちらでもあり得るのですが、自分がどうやって見たいかによって、実は変わってしまうのです。例えば、「時計回りに回転しているような感じに見える」と強く思って試してみていただくと、そう見えるかもしれません。

この錯視から分かるのは、同じものを見たとしても見方の「構え」が見え方を決定しているということです。あるいは、経験や知識が、今の見え方に影響しているという言い方もできます。

心理学の専門的な言葉で説明すると、ボトムアップの処理とトップダウンの処理というものになります。

ボトムアップ処理は、目に入ってくる情報が脳に入り、どんどん情報処理が進んでいく「純粋な」視覚情報処理です。それとは別に、トップダウン処理は、知識であるとか、ここに注意を向けようというような考え方が、ボトムアップの処理を修正するような形で働きます。

このトップダウン処理によって、どっちでもあり得る運動が縦方向に見えたり、横方向に見えたりというように変わっているのです。多くの場合はこの2つが共存していて、どちらが強く働くかは、場合によって変わります。

この「見方の構えが見え方に影響する」というとても有名な例として、ザ・ドレスと呼ばれる錯覚があります。

さて、この服の色は、「青と黒の服」でしょうか、それとも「白と金の服」でしょうか? 人によって見え方がすごく変わることで10年ほど前にSNSで有名になり、大規模な研究にも使われました。

1,000人以上を対象とした実験では、57%の人が青と黒と答えました。一方で、30%の人が白と金であると答えました。面白いのは、さっきのあいまい運動が「縦にも横にも見える」という人が多かったのに対し、白と金だと思っている人は、青と黒って何の話?と思うし、青と黒と思っている人は、白と金って何の話?と思うことが多い、それほど個人差が強烈であるという点です。

ちなみに、正解(実際の服の色)は「青と黒」です。

さらに、この研究では属性によって傾向が違うことが分かりました。女性の方が、白と金と答える人が多く、年齢が高いほど、白と金と答える人が多かった、という結果が出ました。

なぜ、人によって見え方が変わるのでしょうか?

まだはっきりしたことは分かっていませんが、人によってこの写真の光の解釈が違うのだろうと言われています。つまり、写真に黄色っぽい光が当たっていると考えるなら、服の色は青と黒。写真が青っぽい、暗いところにあると考えるのであれば、服の色は白と金となります。このことから、ものの色の見え方というのは、物そのものの特徴だけではなく、[物]×[光]で決まるので、光の見え方の解釈が変われば、色の見え方も変わるということです。

さらに、青と黒に見える人と白と金に見える人では、頭の中でも何かが違っているのではないかという研究も行われました。

青と黒に見える人と、白と金に見える人をfMRI(機能的磁気共鳴画像法)でスキャンして脳活動を比較したところ、白と金に見える人は、青と黒に見える人に比較して、黄色く光った部分(前頭葉・前頂葉・側頭葉)が活動していたと報告されました。このエリアは、色を見る場所とは少し違っていて、注意を向けたりとか、入ってきた情報に基づいて意思決定したりという機能があります。

つまり、白金派の人と青黒派の人は、視覚の情報そのものが違うわけではなく、それよりもさらに進んだ、トップダウン的な「どこに注意を向けるか、どうやって理解するか」というプロセスが違うらしい、ということが脳活動を見た研究でも明らかになりました。

続いて、フットステップ錯視という錯視があります。これは運動の錯視です。

縞模様の上に、青と黄色の四角が縦に並んで置いてあります。これが横に同時に流れていくと何が起こるかご覧ください。
〔出典: http://www.psy.ritsumei.ac.jp/akitaoka/YPS2018.html  (北岡明佳立命館大学総合心理学部教授の錯視のページ)〕

ここで起こっているのは、黄色と青は一直線に並んで等速で動いているのに、こんなふうに足跡みたいに動いて見えるという錯視です。

この動画は、立命館大学の北岡先生が作られたものです。白黒の縞の上に青と黄色の四角が貼られた透明のシートを乗せて、それをスライドするとこの錯視が起こります。

フットステップ錯視を体験できるウェブページがあります。北岡先生のものとは少し形が異なりますが、同じ内容の錯視を体験できます。このウェブページでは、色を変えたり動かす速さを変えたりもできますので、どんな条件でこの現象が見られるのか色々と試してみてください。

続いて明るさ同時対比という、比較的単純な錯覚を紹介します。

左右に同じ灰色の図形があります。左と右を比べると、左側の方がちょっとだけ暗く見えるのではないかと思います。実は、左右は全く同じ明るさです。しかし、周りとの明るさを強調するような見え方が起こるため、明るいものに囲まれると暗く、暗いものに囲まれると明るく見えます。背景を同じにしてしまうと、どちらも同じ明るさだと分かるかと思います。

金子研究室の研究紹介

ここからは、私たちの研究室で何を研究しているかという話に移っていきたいと思います。

私個人の研究の興味としては、視覚全体の中でも特に、一つ一つを構成する要素である明るさとか色とか運動といったものが、どういう時にどんなふうに見えるのか、ということに興味を持っています。

もう少し詳しく言うと、以下のことに関心を持っています。

・明るさや色の見え方は時間と共にどう変わるか。
・空間的・時間的に近い情報を利用した効率的な視覚とは、どういう時にどんなふうに発生するか。
・錯覚の研究をしているので、楽しく分かりやすく錯覚を見せるにはどうしたらいいか。

研究の手法としては、主に2つ使っています。

一つ目は心理物理学的な手法です。これは、何がどう見えましたか、というのを行動データで取得するものです。人を呼んできて実験に参加してもらい、画面上あるいは物を見せ、それがどう見えたかを回答してもらいます。例えば、提示された線が右に傾いているか、それとも左に傾いているかというようなことです。さまざまな条件でたくさんの回答を集め、「これを見せるとこのように見えます」というような物理と心理の関数を測定します。

二つ目は脳波計測です。見ている時に、「Aを見ている時とBを見ている時で、脳の活動は何が違うのだろう」というのを、脳波記録といって頭に電極をつけ、読み取れる電気信号から解析します。

この2つは独立しているものではなく、組み合わせて一緒に研究しています。

金子研究室の学生たちは、色々な装置や刺激を自分で作ったり、計測したり調整したりと、工夫して実験をしています。研究テーマは、私の関心に近いものが多くなりますが、それぞれの興味に応じて選び、私が指導しつつ、主体的に実験知識や解析をしてもらう形で進めています。なので、同じ研究室内でも結構色々なテーマが存在しています。

その中から一つ、「錯視の効果は時間と共にどう変わるのか?」というテーマを取り上げて、簡単に解説していきたいと思います。

この研究では明るさの錯視に関して、2つの錯視をテーマにしています。

一つ目は、先ほども紹介した「明るさの同時対比」で、白に囲まれると暗く、黒に囲まれると明るく見える現象です。二つ目は「ダンジョン錯視」です。真ん中に小さい灰色の四角があるのですが、左側の方が右側より少し明るく見えると思います。つまり、同時対比と一見逆の現象が起こっています。左側は白に囲まれているのに、同時対比とは違って明るく見えるという不思議な錯覚です。この現象は、ダンジョン錯視の小さい四角は、周りの線ではなく、周りの似ている小さい黒い四角と比較されるので、左側は白に囲まれていても、小さい黒い四角と比較されて明るく見えると説明されます。

ある時、同時対比は、長く見ている時と比べて、一瞬だけ出て消えてしまう時の方が効果が強いのではないかということに気がつきました。そこで、実験で測定して確かめてみることにしました。

まず画面の左側に、黒や白に囲まれた灰色の小さい円を表示し、右側には同じ大きさの灰色の円を表示します。次に、被験者に、右側の円の明るさを変えてもらい、左側と同じ明るさに見えるように調整してもらいます。これにより、左側の灰色がどんな風に見えているかを測定します。

例えば、左側の円の本当の明るさは50なのに、被験者が「右側の70と同じ明るさだ」と言ったら、70-50 = 20だけ明るく見えていた、と考えることができます。

このような方法で錯視に数字を与える実験を行ったところ、グラフのような結果になりました。横軸が見ている時間、縦軸が錯視量。実際に測ってみたら、短い時間見ている時の方が、やはり錯視量がかなり大きいということが分かりました。

次に、この時間の効果はダンジョン錯視ではどうなるのか、ということが気になりました。そこで、今回は違うやり方で実験してみることにしました。今回は画面ではなく、紙で作った物理的な世界で実験することにしました。

まず、靴の箱5個分くらいの大きさの箱の中に、紙で作った錯視図形を浮いた形で置きます。次に、箱の横側に穴を開け、そこから覗き込んで、中の図形がどんな風に見えたかを尋ねる実験を行いました。覗き込む時に、カメラのシャッターを使い、見ている時間をコントロールしました。被験者には、同時対比の左右の小さい四角がそれぞれどんな明るさに見えたかを、明るさの見本となるマンセル票の番号で答えてもらいました。例えば、本当は同じ明るさなのに、左側は3番、右側は4.5番と答えた場合、1.5票分ずれて見えた分だけ錯覚が生じていた、と考えることができるわけです。

その結果、「明るさ同時対比」の場合は、短い時間見ている時の方が、長く見ている時よりも効果が強い、という先ほどの実験と同じ結果を確認できました。一方で「ダンジョン錯視」の場合は、短い時間見た時は、左側の方が暗く見えるという、錯覚が逆転する効果を発見しました。これは、知る限り私が世界で初めて発見した効果になります。

このことから、私たちの知覚のルールについて何が分かるでしょうか?

一瞬しか見えない場合には、本当にすぐ近くの狭い範囲、例えば白い線との違いが強調されるのに対して、長く見えている時は、もっと余裕があるので、広い範囲の中で似たもの、この場合は他の小さい黒い四角と比較され、その差が強調される、というルールが当てはめられるのではないか。すなわち、時間によって、明るさを見るためのルールが変わるのではないか、と想像しています。

私を含めて金子研究室の学生に何を目指してもらいたいのは以下のことです。

・まずは、自分の手で色々作って測定して確かめるということを経験していただきたい。
・そして、せっかく視覚の研究をやっているので、視覚的に図や写真を使って分かりやすく物事を伝える能力を養っていただきたい。
・また、研究としては、効率よく物事を知覚するためのルールにはどんなものがあるのかを、今まで知られていなかったルールも含めて発見していただきたい。

さらには将来的には、効率よく知覚するためのさまざまな視覚のルールを発見し、それを利用して、加齢や病気やデザインの失敗など、いろんな理由で見にくいものを見やすくするというような形で応用ができたら、と思っています。

おわりに

最後に今日のまとめです。

1.錯覚という「エラー」は、私たちが普段どうやって物を見ているのかという「知覚のルール」を理解するための助けになります。だから、私たちはこういうことを研究しています。
2.この「ルール」は、いつも同じではなく、時間や条件によって違うみたいだということが、私たちの研究によって明らかになりました。
3.私たちの研究室では知覚に関する実験を幅広いテーマで色々と楽しくやっています。
ということです。

ご清聴ありがとうございました。

話し手からもう一言

私たちの研究室では文学部の中でも数少ない実験系研究室として視覚を主とした知覚を研究しています。実験系というと敷居が高いように思われるかもしれませんが、自分の心の一部である「見る」という身近な体験を考えて、試して、測定する、とても楽しくやりがいのある研究分野だと考えています。また視覚研究は工学、医学、生物学、哲学、美術学といった様々な分野とも強い繋がりを持つ本質的に学際的な研究分野でもあります。見ること・見せることに関心のある学生に興味を持っていただければ幸いです。

最後に今回の話題に関連した書籍を二つ紹介します。

  • R・N・シェパード著 ; 鈴木光太郎, 芳賀康朗訳(1993)『視覚のトリック―だまし絵が語る「見る」しくみ 』新曜社
    実験心理学者でありアーティストでもある著者の作品集の色合いが強い本ですが、視覚研究の意義、著者の研究に対する姿勢、さらには研究の裏話なども読むことができ、大変興味深い一冊です。
  • クリストファー・チャブリス, ダニエル・シモンズ著 ; 木村博江訳(2014)『錯覚の科学』文春文庫
    「見えないゴリラ」の研究で注目を集めた著者らによる広義の「錯覚」を含めた様々な現象を扱った一冊です。実際にあった社会的な出来事に絡めてヒトの知覚や認知の意外な特性を紹介しています。私自身の「錯覚」研究とは少し異なりますが、読み物として面白い本だと思います。