人類学徒×技術士が雪国の課題に挑む

プロフィール

小西 信義 さん(札幌市立大学 デザイン学部助教)
兵庫県神戸市出身。兵庫県立加古川東高等学校を卒業後、2004年北海道大学文学部に入学。2008年に卒業後、北海道大学大学院文学研究科修士課程に進学、修了後2010年に大学院文学院博士後期課程に進学。歴史地域文化学専攻・北方文化論専修*にて北海道の豪雪過疎地域をフィールドとして、住民やボランティアによる雪かきの人類学的研究に取り組む。2015年3月に博士(文学)を取得。修了前の2015年1月に一般社団法人北海道開発技術センターに研究員として就職。主任研究員、上席研究員を務めた後、2026年4月に札幌市立大学デザイン学部に助教に着任。11年あまり現場で積み重ねてきた実践知を、教育・研究・社会貢献に発展させるために取り組んでいる。

*2019年4月の改組により、文学研究科は文学院に、歴史文化学専攻は人文学専攻に統合、北方文化論専修(講座)は文化人類学研究室と博物館学研究室になりました。

北大文学院(文学研究科)を選んだ理由

文化人類学を学ぶなかで、遠い異文化だけでなく、自分が暮らしている北海道の地域社会にこそ、フィールドワークを通じて向き合ってみたいと考えるようになりました。北方文化論講座は、北海道やその周辺地域の人びとの暮らしや文化を、現地に足を運びながら研究できる環境だったことが大きな決め手です。

指導教員として煎本孝先生のもとで学ばせていただいたのは、人類学的営為を通じて人間を相対化するだけにとどまらず、フィールドで観察した人間性をもとに「人はいかに生きていくべきか」という課題にまで踏み込む、課題解決型の人類学に挑戦したいと考えたからです。

その思いを後押ししてくれたのが、煎本先生と山岸俊男先生が編まれた『現代文化人類学の課題―北方研究からみる』(世界思想社、2007年)を読んだことです。北方研究が一地域を扱う研究の枠を超えて、「人間とは何か」という人類学の普遍的な問いや、研究の社会的役割、地球環境問題と開発といった現代社会の課題に向き合っていく姿に触れ、この講座で学びたいという気持ちが決定的になりました。

大学院ではどんな研究を

一貫して、岩見沢市美流渡(みると)地区を拠点にフィールドワークを続けました。修士課程では、旧産炭地域の住民の暮らしを支える医療のあり方や、炭鉱時代の互助組織「友子」の規範などに注目し、地域の人びとがお互いの健康を気にかけ合う関係を記述しました。

博士後期課程では、テーマを「雪かき」に据えました。高齢化・過疎化が進む豪雪地域では、自宅の雪かきや屋根雪下ろしが生活上の大きな課題になっています。私は地域の有志の方々と毎日のように雪かきをしながら参与観察を行い、住民同士の自助・共助の仕組みや、都市部から訪れる雪かきボランティアと地域住民との関係を研究しました。「お返しを求めない支援者」と「お返しを渡したい被支援者」との間に生じる互恵性のすれ違いや負い目の問題、さらに雪はね技術のルーツを炭鉱の採炭や山林の造材の技術に探る研究などを行い、博士論文「北海道豪雪過疎地域における除排雪活動に関する人類学的研究」にまとめました。

また、雪氷学や体力科学、社会心理学の先生方と共同で、雪かき作業の身体的負荷の測定やボランティア参加者の意識調査にも取り組み、文化人類学の学会だけでなく雪氷研究大会などでも発表しました。在学中には日本雪氷学会北海道支部の北海道雪氷賞(北の風花賞)や、雪氷研究大会の学生発表優秀賞をいただきました。

博士後期課程への進学理由

修士課程で美流渡地区に通ううちに、地域の方々との関係が深まり、医療に限らず、雪と共に生きる暮らしそのものをもっと腰を据えて理解したいと思うようになりました。とくに、高齢化のなかで雪かきが「誰がどう担うのか」という切実な課題になっている現実を目の当たりにし、2年間の修士課程では到底描ききれないと感じたことが、博士後期課程に進んだ一番の理由です。

もっとも、当時は研究者を目指すという強い動機があったわけではありません。就職活動もせず、ただ時間だけが流れていくなかで、札幌と美流渡の間を漂流していたというのが正直なところです。今振り返ると、その漂流していた時間こそが、フィールドに深く根を下ろす時間になっていたのだと思います。

大学院に進学してよかったですか

本当によかったと思っています。一つのフィールドに長く通い、地域の方々と一緒に汗を流しながら考えた経験は、今の自分の研究と実践のすべての土台になっています。

また、雪という共通のテーマを通じて、雪氷学・体力科学など、文学研究科の外にいる研究者や行政・企業の方々と在学中から一緒に仕事ができたことも大きな財産です。そうした分野を越えたつながりが、修了後の就職や、その後のキャリアにも直接結びついていきました。

在学中大変だったことは

一番つらかったのは、2012年2月の出来事です。この冬、岩見沢は42年ぶりに最大積雪深を更新する記録的な豪雪で、私はフィールドワーク先の美流渡で連日雪かきに加わっていました。ある日、仲間と屋根雪下ろしをしていたときに屋根の雪が滑り落ち、私に雪かきを教えてくれた師匠が、その晩に亡くなりました。

この出来事を境に「人身雪害事故を何とか減らしたい」という思いを強く持つようになりました。一方で、この雪害の経験を地域がどのように受け止め、どのように対応していくのかを、参与観察を通して客観的に記述する人類学的研究を続けていくべきか。それとも、目の前の雪害を減らすために、現場に介入していく研究へと舵を切るべきか。私は深く悩みました。当時の指導教員の佐々木亨先生は、そんな私の状況を「痛し痒し」と表現されていました。この葛藤が、博士論文を書き上げる原動力にも、その後の進路にもつながっています。

経済的にも楽ではありませんでした。学振には落ち続け、研究費もないなか、アルバイトと奨学金をやりくりしながら美流渡や学会に通いました。おかげですっかり貧乏根性が身につき、せっかく学会に行くならと、一つの学会で認められている発表数の上限まで発表し、少しでも多くの業績を積み上げるようにしていました。

修了後から現職への道のり

博士の学位取得を目前に控えた2015年1月に、一般社団法人北海道開発技術センターに研究員として就職しました。同センターは、北海道の道路・交通・雪対策・地域づくりなどに関する調査研究を行うシンクタンクで、在学中から雪かきボランティアの研究などで共同研究をしていたご縁がありました。

センターでは、国・道・市町村などからの受託調査を中心に、雪かきボランティアの仕組みづくり、屋根雪下ろし事故の実態把握と防止策、高齢化する地域での流雪溝の運用、除雪オペレーターの技術習得・伝承、シーニックバイウェイ北海道をはじめとする官民協働の地域づくりなどに携わりました。地域住民・行政・企業の間に立つ中間支援者として、現場に深く関わりながら政策立案を支える仕事です。主任研究員、上席研究員を務め、2025年には技術士(建設部門)に登録しました。また、この間も北星学園大学などで非常勤講師として文化人類学や社会調査などを教え続けてきました。

11年あまり現場で積み重ねてきた実践知を、次は教育・研究・社会貢献の循環のなかで発展させ、学生と一緒に地域の課題に向き合いたいと考え、2026年4月に札幌市立大学デザイン学部に助教として着任しました。

現在の仕事・研究内容

現在は、札幌市立大学デザイン学部都市・社会デザインコースで、コミュニティデザイン論などの授業を担当しています。研究では、地域除雪における自助・共助・公助の底上げを通した積雪寒冷地域のコミュニティデザイン、除雪オペレーターの技術習得・伝承をめぐる科学技術社会論的な研究、官民協働施策のあり方などに取り組んでいます。本学の特色である「デザイン×看護×AI・IT」を活かし、人身雪害事故の軽減や共助除雪では看護分野と、除雪オペレーターの技術研究ではAI分野との連携も進めています。

テーマ自体はシンクタンク時代から地続きで、前職で築いた行政・企業・地域の方々とのネットワークや、調査を事業や政策にまで落とし込んでいく経験は、今の研究や学生を現場に連れていく教育にそのまま生きています。2026年6月のオープンキャンパスでは、札幌市雪対策室の協力を得て、模擬授業「札幌市の道路除雪をリ・デザイン!」を行いました。高校生たちが公道への雪出しをなくすアイデアを話し合う場に行政の担当者にも立ち会っていただき、デザインとは社会の仕組みを設計することでもある、と伝えました。自治体の審議会委員や国の克雪体制づくりアドバイザーなど、研究成果を社会に還元する活動も続けています。

2026年6月のオープンキャンパスの模擬授業「札幌市の道路除雪をリ・デザイン!」。札幌市雪対策室の協力を得て、高校生にコミュニティデザインの考え方を伝えた。

大学院で学んだことは今の仕事に役立っていますか

とても役に立っています。文化人類学で身につけた、現場に長く入り込み、人びとの関係のなかから問いを立て、それを丁寧に書き起こしていく参与観察や関係論的記述の方法は、シンクタンクでも大学でも、私の仕事の核になっています。

たとえば除雪オペレーターの技術伝承の研究では、熟練者の「勘」や「コツ」を数値だけでなく、職場の人間関係や学び合いの文脈とともに捉えることで、土木分野の研究者や行政の方々からも新しい視点として評価していただきました。工学系の人が多い現場で「人文学の視点をもつ土木技術者」であることが、むしろ自分の強みになっていると感じます。

今後の目標と夢

雪国に暮らす人びとが、雪と上手に付き合いながら安心して暮らし続けられる社会をつくることが目標です。とくに、屋根雪下ろしなどによる人身雪害事故を一件でも減らしたいという思いは、大学院時代から変わっていません。

そのために、文化人類学と雪氷工学に加え、看護やAIなど他の分野とも横断しながら、研究成果を実際の地域や制度に実装していきたいと考えています。また教育の面では、博士論文の副査をしてくださった大沼進先生のモットーでもある「知行合一」を大切に、学生と一緒に考え、一緒に現場に入り、地域から学問へ、学問から地域へと知が循環する場をつくっていきたいです。

これから進学する皆さんへのメッセージ

「進んでストリートファイトを」という言葉を贈りたいと思います。

文学院で博士号を取得したあとの道は、大学の研究職だけではありません。私自身、シンクタンクという、土木や工学を専門とする人たちが中心の職場に飛び込み、そこから再びアカデミアに戻ってきました。遠回りに見えるかもしれませんが、他分野の人たちと一緒に仕事をするなかで、人文学の視点がどれほど現場で求められているかを実感してきました。

チャンスを掴むには、自分の専門の外に出て他流試合に挑み、生身の自分をさらけ出し、ときにはリスクを取ることも必要です。失敗しても死ぬわけではありません。博士後期課程で一つのテーマに徹底的に向き合った経験は、どんな場所に進んでも必ず自分を支えてくれます。ぜひ臆せず挑戦してください。

(2026年9月取材)