書香の森の企画展示を更新しました。今回は、写真家・佐藤祐治の関連写真から大きく3つの作品シリーズを紹介します。企画は、芸術学研究室の浅沼敬子教授です。第1期の展示詳細を紹介します。
第1期(6月15日-8月28日)は、佐藤の住む札幌真駒内の風景写真である。真駒内の植生を撮った何気ない風景だが、光景を大きく占めるのはいずれも外来の植物であり、真駒内種畜場を起源に持つ真駒内の歴史を連想させる(ただし、誰がいつどの植物を持ち込んだのか確定しにくいこともあり、植生と人間の移動とが直接結びつくわけではないことも強く付言しておく)。
札幌市南区の「真駒内(まこまない)」という地名は、先住民アイヌ民族のアイヌ語「mak-oma-nai」に由来する。もとの意味には諸説あり、「山側にある川」あるいは「山奥に入っている川」などと解釈されている。明治以降この語は漢字で表記され、河川名として、さらには地区名として用いられてきた。
明治政府が北海道を「開拓」という名のもとに植民地化する過程で、1869年に開拓使が設置された。開拓使はアメリカからお雇い外国人エドウィン・ダンを招き、その指導下に1876年に牧牛場(真駒内種畜場)を開設した。さらに真駒内の歩みを概観すると、戦後、米軍により接収され、その後返還されると団地が整備され、1972年の札幌オリンピックでは主会場の一つとなった。
地名のもととなったと思われる真駒内川は真駒内地区を縦断するように流れており、真駒内南町の河川敷には水利の守護として龍神像が祀られている。隣に設置された案内板によると、この像は明治期に開削された真駒内用水路の取水口に由来する。用水路は真駒内川から取水し、エドウィン・ダン記念公園付近から上町、曙町など真駒内地区を通り、澄川地区などを経て約5kmにわたり流下し、精進川に接続している。
真駒内川沿いには自転車道が整備されており、冬が明けると草木が芽吹く緑道となり、多様な花が咲く。人為的に本来の分布域の外へ持ち込まれた生物を外来種というが、その中でも、持ち込まれた土地で繁殖を繰り返すものを帰化植物という。アメリカ合衆国東南部原産のハリエンジュ、ヨーロッパ南部原産のエニシダ、北アメリカ原産のルピナス、ヨーロッパ・西アジア・ヒマラヤ原産のハルサキヤマガラシなど、本来の分布域外に導入された帰化植物が、周囲の民家などとともに真駒内地区の景観を形成している。当該地域の帰化植物が、いつどのようにこの地に定着したのかは定かではない。確かなのは、mak-oma-naiと呼ばれていた土地に、かつて生育していなかった植物が繁殖しているという事実である。
植物には通常それぞれさまざまな名称があるが、世界共通の名称として定められたのが学名である。植物の学名は、基本的に属名と種小名による二名法で表されるが、この二名法を18世紀に体系化したのが、スウェーデンの植物学者カール・フォン・リンネである。学名には、植物の原産地で用いられてきた名称や言語はほとんど反映されない。代わりに、属名には人名や、地中海世界で使われていたラテン語やギリシャ語に基づく名称が、現地の文脈を無視する形で付与されることがある。
植物の学名について、ロンダ・シービンガーは『植物と帝国』において、植物の学名の帝国主義性に言及している。それによると、リンネの命名法が国際標準として採用されるまでには、フランスの博物学者ミシェル・アダンソンなど、植物が発見されたその土地独自の植物名を尊重した分類・命名の提案もあったという。ただしアダンソンの提案でもセネガルやモーリシャスなどいくつかの地域が考慮から漏れていたことも付記されている。また、リンネの学説において、植物学者ではないスリナムの解放奴隷であり薬草知識を有したクアシに由来するクアシア・アマラという樹木なども例外として紹介されている。
展示写真中の植物の学名を確認してみよう。ハリエンジュの学名はRobinia pseudoacacia L. で、属名 Robinia はフランス人 J.Robinに由来する。エニシダの学名はCytisus scoparius (L.) Linkと表記され、属名 Cytisus は古代ギリシャ語に由来する名称の転用である。ルピナスの学名は Lupinus polyphyllus Lindl. であり、ラテン語 lupus(オオカミ)に由来する。ハルサキヤマガラシは Barbarea vulgaris R.Br. であり、属名 Barbarea はキリスト教の聖人バルバラに由来する。ラテン語やギリシャ語を基盤とする命名体系には、帝国主義的な暴力性と知の制度との関係を読み取ることができる。学名はもとの原産地の文脈から切り離され、帝国主義的な知の枠組みのもとで成立している。この観点から、先住民の土地に上書きされた北海道の地名に重ねてみると、その土地に繁殖し、景観の一部を形成する外来種の存在は、単に外部からもたらされたもの以上の意味を帯びる。
知人から「望郷樹」という言葉を聞いた。故郷を離れた人が望郷の念を樹木に託し、移住先へ持ち込んだ樹木を指すという。これを聞き、先祖が仙台から持ち込んだという実家の八重桜を思い出した。私が偶然この土地に住み着いたように、植物もまた本来の生育地とは異なる場所からこの地に到来し、繁殖している。北海道の一地名と、そこに生息する帰化植物の命名には、見えない力学が作用しており、同時に複数の歴史を内包している。それらが相互に作用しながら、北海道のひとつの地域の風景は成立している。
テクスト 佐藤祐治 2026年
植物 ハリエンジュ
学名 Robinia pseudoacacia L.
撮影地/撮影年 札幌市南区真駒内/2025
北海道導入時期 明治
撮影地詳細 真駒内南町4丁⽬付近の真駒内川河川敷。近所に真駒内⽤⽔の取⽔⼝および⿓神像がある。
壁面展示 『殖物の歴史』シリーズより ー風景写真ー

展示ケース 『殖物の歴史』シリーズより ーフォトグラムー






