浅沼 敬子

プロフィール

浅沼 敬子 教授 / ASANUMA Keiko
研究内容

長くヨーゼフ・ボイスやゲルハルト・リヒターといった、ドイツの現代美術家について研究してきました。現在は、日本やアメリカの写真や映像の作品分析を通じて、人間と大地との関係の変遷を調べています。

研究分野
現代美術史
キーワード
現代美術、写真論、西洋美術史
文学研究院 所属部門/分野/研究室
人文学部門/文化多様性論分野/芸術学研究室
文学院 担当専攻/講座/研究室
人文学専攻/文化多様性論講座/芸術学研究室
文学部 担当コース/研究室
人文科学科/哲学・文化学コース/芸術学研究室
連絡先

研究室: 616
TEL: 011-706-4087
FAX: 011-706-4087
Email: asa*let.hokudai.ac.jp
(*を半角@に変えて入力ください)

研究生を希望される外国人留学生(日本在住者をふくむ)は、「研究生出願要項【外国人留学生】」に従って、定められた期間に応募してください。教員に直接メールを送信しても返信はありません。
関連リンク

Lab.letters

Lab.letters 研究室からのメッセージ
芸術学研究室浅沼 敬子 教授

土地と向き合う媒体としてのアート

長くドイツ現代美術史を研究してきた私にとって、映像インスタレーション作家・山城知佳子の作品との出会いは大きな転機となりました。山城作品によって沖縄の土地について考えるきっかけを得たことで、自分の住む北海道の土地の表現への関心が生まれ、露口啓二の写真の研究、紹介に繋がりました。そこからさらに現代美術や写真の歴史における土地―ひろくいえば大地―の扱いに関心がひろがり、1970年代アメリカのランドアートや風景写真について調査を行うようになりました。その過程で私は、芸術家たちの仕事が、世界の状況に対していかに洞察的かつ予測的だったかに驚くことになりました。名のあるなしにかかわらず、芸術は、集団に包摂され得ない個々の感性や感情、発見や思索の表現であり、だからこそ私たちの感官にしばしば強く訴えます。そうした表現を「発掘」し、記述することは、社会の現状を捉えなおすだけでなく、未来への視座を得ることでもあるといえるかもしれません。

2014年開催の山城知佳子上映会+トークより(左=山城知佳子氏、右=東京都写真美術館学芸員・岡村恵子氏、同志社大学の菅野優香氏と共催)。
今井祝雄『ジョインテッド・フィルム』(1973年)より From the video installation artwork of Norio Imai “Jointed Films”(1973)。

新しい表現活動にオープンに

大学教育で心がけているのは、学生さんに美術史の基礎知識を持ってもらうということです。その「基礎知識」には、私の専門領域である1950-60年代以降の現代美術/現代アートの歴史も含まれます。私の学生時代は、教えられる美術史は伝統的な絵画史に基づいていて、映像やインスタレーション、パフォーマンス、アートプロジェクトといった現実のアートシーンとは連動していませんでした。ですから、大学でより新しい表現の歴史を教え、研究することは、私の願いでありました。現代の表現は、過去の表現の歴史と深くむすびつく一方で、しばしば、身近にありながら私たちが見逃している現実との出会いを生み出します。そのような出会いを提供するのも大学の一つの役目ではないか、そう考えています。

メッセージ

現代の表現を研究するうえで大きな特徴は、制作者の顔が見えることではないかと思います。過去の作品であれば、自分で選んだ資料をもとに自分の解釈を組み立てることができますが、現代の場合、実際に作品を制作した人に自分の解釈を「納得してもらう」必要が生じます(もっとも、制作者の意図を気にせず書く人もいるでしょうし、私の書いたものに十分納得した制作者もたぶんいないでしょう)。ですから私にとって執筆は、勝てるはずのないタフな交渉に挑むようなものですが、その緊張感がよろこびでもあります。美術であれ写真であれ、真剣に表現を追求してきた人々との出会いは、豊かで、スリリングです。芸術は人との真剣な対峙であり、また新しい世界への道でもあると思う今日この頃です。

研究活動

略歴

1993年一関第一高校卒、1998年早稲田大学第一文学部卒、2003年同大学院文学研究科研究指導認定退学(芸術学/美術史専攻)、2003年熊本大学文学部人間科学科専任講師を経て2006年より現職。

主要業績

所属学会

  • 美学会他

教育活動

授業担当(文学部)

  • 芸術学
  • 芸術学演習

授業担当(文学院)

  • 芸術学特殊講義
  • 芸術学特別演習

おすすめの本

  • 外山紀久子著『帰宅しない放蕩娘』(勁草書房、1999年)
    かなり前の本ですが、私にとっては今でもやはり理想の書です。外山氏は現代舞踊史における「モダン」と「ポストモダン」とは何かを、それぞれの概念の意味をしっかり論究した上で明らかにしていきます。私たちを取り巻く文化的現象がたとえ流動的で消費的だとしても、われわれはそれについて必ずや構築的に論じることができる、と確信させられる骨太の本。