内容紹介
「死者の印」をもつ樹木、死者のカルシッコはフィンランドのサヴォ地方を中心にかつて盛んに作られた。死者を墓場へ帰すとされたこの樹木は、キリスト教の浸透、林業を基盤とするフィンランドの産業化、近代化による社会と人々の変容に伴いながら、死者を思い出すものへとその意味をかえ、次第に忘れ去られていった。風習が終わりつつある今、「エラマ(生)」をキーワードに、カルシッコとともに生きる家族の想いと暮らしを描く。
著者からのコメント
死者のカルシッコという言葉をどれくらいのフィンランドの人々が知っているでしょうか。かつてその土地で盛んにつくられたこの樹木は、今ではほとんど忘れ去られてしまっています。私がこの樹木に出会ったきっかけは、ある小さな本でした。数字やイニシャルが刻まれた樹木の写真が異様にページを占めていました。
死者のカルシッコは亡くなった人の生没年やイニシャルが刻まれることで、家に戻ってこようとする死者を墓場に帰すとされていました。これはキリスト教ルーテル派教会がサヴォ地方を中心とする人々の間で布教を始めたとき、死者と死後の世界に対する土着的な観念とのギャップを埋めるための、人々による工夫でもありました。時代の流れのなかで、この風習も少しずつ姿や意味をかえ、細々とですが今に伝えられています。
私は2018年から死者のカルシッコとともに生きる家族のもとでフィールドワークを重ねてきました。本書はその成果の一部です。近年、北欧フィンランドはムーミンやマリメッコ、サウナなど、日本の人々にとっても関心のある国となっています。その一方で、フィンランドのフォークロアや風習実践の事例、それに関わる研究はあまり日本で紹介されていません。
フィンランドでも忘れられつつある風習ですが、樹木や死者とともに生きるという点は、日本の私たちにとっても、どこか馴染み深いものとして映るはずです。これまでとは異なる視点から、フィンランドを知るきっかけとなれば幸いです。
外部リンク
〔出版社〕北海道大学出版会の紹介ページ
〔試し読み〕北海道大学出版会 note