内容紹介
本書は日本アイスランド学会創立30周年を記念して、会員の共同執筆により、北欧アイスランドの言語、神話、歴史に関する研究論文とサガの翻訳を収録したものです。これまでに、同学会は1991年に創立10周年を記念して、『サガ選集』(東海大学出版会) を刊行しています。今回は研究論文を主体として、内容的充実をはかりました。なお、私の担当部分は「アイスランド語の音韻とカナ表記」(p. 49-106) です。
著者からのコメント
外国語の語彙をどのようにカナ表記するべきかという問題は、便宜的方策とはいっても、避けては通れない壁です。アイスランド語のように受容の歴史が浅く、カナ表記に合意のない外国語については、言語学的根拠に基づいた指針を示すことが強く求められます。カナ表記の前提となるカナ発音のありかたを考慮しながら、アイスランド語音韻記述の問題点を探るのが私の担当論文の目的です。
中世文学の受容から始まった日本のアイスランド研究は、古語の推定音によるカナ表記に終始してきました。近代以降については現代語の発音に従うのが当然ですが、このことは不問に付されていた観があります。中世の文献を古語の推定音で読み、カナ表記することには、それなりの根拠があります。それでも、実際、私たち日本人は『万葉集』や『源氏物語』を古語の推定音で読んではいません。古語と現代語の相違がわずかで、中世文学の遺産を血肉としているアイスランド人にとって、このことはいっそう自明です。
最近では、アイスランドの地名や人名も新聞やテレビ番組に登場する機会が増えてきました。しかし、アイスランド語の知識不足や音韻論的無理解から、大きな混乱が認められます。英語式にならって、アイスランド語に特有の語尾を省略した表記も見られます。本稿では、中小の外国語につきもののカナ発音とカナ表記をめぐる問題について、ひとつの分析例を提供してみました。未知の外国語の地名や人名は、やはりできるだけ正しく読みたいものですね。