内容紹介
近松と同時期に活躍しながら,近松に劣ると評価されてきた浄瑠璃作者・紀海音。本書では「わかりやすさ」という近松とは別の基準で海音を評価し,両者の作品構造,趣向の特徴を検討。近松の優位性ではなく,二人それぞれの独自性を明らかにする。海音の謡曲・『伊勢物語』和歌利用一覧を収録。
(北海道大学大学院文学研究科研究叢書 4 )
著者からのコメント
本書は江戸時代の浄瑠璃作者近松門左衛門と、ライバル関係にあった紀海音とを中心に研究したものです。周知のように、近松作『出世景清』がそれまでの浄瑠璃(古浄瑠璃)と一線を画し、当代浄瑠璃として出発しました。その新しい時代の浄瑠璃を作り上げていったのが近松と海音だったのです。ですからこの二人の活動時期を研究することは、次に続く浄瑠璃史にも非常に大きな意味があることになります。
さて、これまでは近松の研究が海音の研究よりも圧倒的に進んでおりました。また、両者を比較する場合、当時の海音作品には近松よりも当たりをとったものがあるにもかかわらず、必ずと言っていい程、近松が海音よりも優れているというものばかりでした。そこで、海音の基礎的研究を充実させ、更に当時の人々の視点に立ち返って海音作品がどのように受け入れられていたのかを明らかにしようと思い、本書を執筆した訳です。
本書の中には、海音が自分の作品中にどのように謡曲を利用したのかを論究した部分がありますが、この基礎調査は十四ヶ月の期間を要しました。調査を開始した頃は最後までできるだろうかと不安ばかりでしたが、授業や会議等がない日は一日八時間と決めてそれをやり遂げました。普段、学生に対して継続することの大切さを説いておりますが、実行できたことは大変大きな喜びでした。