内容紹介
本書は、理論編と実践編の二部構成によって、物語と文芸学に関する最新の知見を展開した研究書である。理論編では、フィクション・作者・コンテクストの概念と物語との関係を解明し、また来たるべき文芸学の構想を述べた。実践編では、副題に挙げる太宰治・森敦・村上春樹のほか、『白樺』派・芥川龍之介・小川洋子らの作品と、その映画化について取り上げた。本書は、15年半にわたる北海道大学での活動で培った、著者の研究の集大成である。
著者からのコメント
物語は本質に先立つ。これはもちろん、「実存は本質に先立つ」というサルトルの言葉のもじりである。「物語主義」というタイトルも、「実存主義」にあやかってつけた筆者の造語である。ここでいう物語は、小説・戯曲・詩などの文芸だけでなく、広く出来事を伝達する言説を意味する。従ってどのような分野でも物語は機能しており、実際、昨今では国家の国際的な自己正当化を指して「ナラティヴ」と呼ぶことがすっかり一般化した。
物語は何よりも、それ自体が有効に機能することを目指してしつらえられる。ロラン・バルトはこれを〈物語の誇示〉と呼んだ。本書がその実践編でとらえようと試みているのは、それぞれの作家の物語が、どのように自らを誇示しているかを解明することである。そのためにテクストは、様々な語りの機構、メタフィクション、複合的な小説構造、第二次テクスト性(アダプテーション)、虚構と現実との境界性などを演出することによって、それぞれの様式を身にまとうのである。
そして、一般に虚構(フィクション)の特徴とされている多くの事柄、たとえば巧みな語りや文体、出来事を仮構するごっこ遊び(メイクビリーヴ)、メタファーなどの比喩表現でさえも、それらは虚構ではなく物語の属性にほかなならない。このことを明らかにした「虚構論と物語論」のほか、理論編では、なぜ文芸読者は作家・作者という観念から自由になれないのか、また社会状況と作品とを結びつける手法はどこまで正当性をもつのかを論じた。さらに、来たるべき文芸学を、例外状態を捨象しない〈雑音調文芸学〉として規定し、今後の展望をも示している。
これらの論考はすべて、北海道大学の研究環境や、文学部・文学院における授業や学生との研究活動の中で練り上げたものである。本書の研究上の成否はともあれ、何よりも自由な環境で思考することを可能にしてくれた北海道大学に対して、この場を借りて御礼を申し上げたい。
外部リンク
- 〔出版社〕七月社の紹介ページ (試し読み・索引 公開中)
- 筆者による本書解題 「ほんのうらがわ ― 素朴に考えよう」