• 2013.03.30

“日本国王”と勘合貿易

なぜ、足利将軍家は中華皇帝に「朝貢」したのか <NHKさかのぼり日本史 外交篇〈7〉室町>

著者名: 橋本 雄
文学研究科教員:
<主要目次紹介>
第1章 戦国を招いた貿易利権の分散(1451年)――逼迫した幕府財政を立て直すため、将軍義政は勘合貿易再開を図る。だが貿易権分散により大名が台頭、時代は乱世へ突入する
第2章 実利を勝ち取る義満の秘策(1402年)――義満の明史との接見は中華皇帝の臣下になる一方で、莫大な利権をもたらした。義満にとっての「日本国王」とは何だったのか
第3章 日本国王号争奪戦(1372年)――義満が外交の重要性を認識した発端―それは懐良親王への明使の捕縛だった。当時、幕府は中国とどう向き合ったのか
第4章 時代を開いた天龍寺船(1341年)――勘合貿易の原点は、元への「寺社造営料唐船」、天龍寺船の派遣にあった。室町幕府の興亡のカギは「対中貿易」が握っていた

内容紹介

室町幕府の興亡――
そのカギは対中貿易にあった

 

南北朝の動乱と戦国時代という二つの内乱の狭間で、文化の華を大きく開かせた足利将軍家。その富と権力の源泉には、“朝貢外交”という、したたかな戦略があった。

(版元Websiteより)

著者からのコメント

 NHKのEテレ(教育テレビ)同題番組の内容を大幅に拡充してつくった書物です(番組映像じたいはNHKオンデマンドから削除されたらしく、他のサイトにまだ若干残っているくらいですね……残念)。室町時代の日明貿易を中心に書いた一般書としては、かなり珍しいものではないでしょうか。
 たとえば、……勘合のかたちや大きさはどんなものだった? なぜ周防の大内氏が遣明船貿易を壟断することができるようになったのだろう? 「東山御物(ゴモツ)」って何? 義満は明朝に対して卑屈な外交儀礼を行なったのか? 義満は「日本国王」となり天皇を上回る権威を得ようとした? ……などなど、巷間に流布する誤解・思い込み・「わかったつもり」を、できる限り確かな論拠をもって是正することを目指して書きました。
 ただし、放送期間と合わせてものすごく慌てて書いたので、恥ずかしい間違いも少なくありません。たとえば、
 ①19頁6行目 (誤)犠牲的な君臣関係 →(正)擬制的な君臣関係
 ②185頁5行目 (誤)重量税 →(正)従量税
 ③187頁4行目 (誤)請負年貢後納 →(正)請負年貢貢納
 ④189頁地図 図中の「鳥羽」が伊勢・鳥羽の鳥羽になっていますが、いうまでもなくこれは淀川に面する鳥羽津(京都南郊)のこと。したがって図中の伊勢・鳥羽から兵庫への航路も無意味(前頁10行目の「鳥羽」も一般向けには「鳥羽・伏見」とすべきだったか)。
など。たいへん申し訳ありません。
 さて、本書の気になるところを覗いてみて(できれば通覧通読して)、学校で習った歴史像と引き比べてみてください。大学で歴史学を研究することの面白さが若干なりとも伝われば、もうそれだけで本書を書いた苦労は報われます。ともあれ、皆さんの感想・質問等、お待ちしております。